日本語に切り替えず、英語のまま理解する
金沢優、3年ぶりの新作「もしなる2」連載中!

「もしなる2」第3部2章.「Whatever」

前回「1、I don’t think so」はこちらから

2、「Whatever」

「えっと、ハーイ、ナイストゥミーチュー。アイムタケシ」

「ハイ、ナイストゥミーチュー、トゥー。マイネームイズシンゴ。プリーズコールミーシンゴ」

今日は、第二回目の英会話研修である。桜井くんが途中退場した、あの波乱の研修からもう、一週間が経った。

ちなみに研修は冒頭にTOEICの小テストが実施され、その後は各自、5~6人に分かれ、日本人同士で、グループレッスンが行われる流れとなっている。

「ハイ、シンゴ。ハウアーユー?」

「アイムファイン、サンキュー。ハウアバウチュー?」

レッスンで使われるフレーズは予め校舎に送られており、それに基づいてロールプレイングが行われるのだが、それらを覚えてきている社員は誰もいなかった。やはりみんなTOEICに比重を置き過ぎており、英会話はカンペを見ながら、話している状態である。

ちなみに今回から、松尾さんや橋詰さんなどの上層部は、研修には顔を出さない。来るのは教務の黒川さんのみとなっている。

「You did a great job!」

そして今回から、アドバイザーとして、ネイティブ講師が一人加わっている。各グループを、それぞれフィードバックして回るのだ。

「Great!」

しかし、私はみんなの英語を聴きながら、自分に順番が回ってくるのが、憂鬱でたまらなかった。

「えっと、マイホビーイズ、リスニングトゥミュージック」

「オー、リアリー? ホワットカインドオブミュージック、ドゥーユーライク?」

そう、私は大学時代、こうやって英会話スクールでグループレッスンを取り、英語が口から全く出ず、モチベーションが根本から折れてしまったのだ。あれと同じ場面が今、目の前で繰り返されている。

私は手元のレジュメを確認した。今日が「自己紹介」で、来週以降は「道案内」「日本の文化紹介」などと、ズラリとテーマが並んでいる。それを眺めていると、私は絶望的な気持ちになってきた。

きっと、大学生時代と比べて、何の成長もないはずだ。いや、それどころか、下手になっているだろう。そう、最近はスピーキングなんて、何にもやっていなかったのだから。

しかし、である。私はずっと塾で、毎日のように英語を子供たちに教えてきているのだ。文法はバッチリである。それなのに、それが「スピーキングに生きてきている実感」は、全くと言っていいほど、ない。

「ええっと、マイフェイバリットバンドイズ、ミスチル? ドゥユーノー、ミスターチルドレン?」

そしてそれは、ここにいる社員たちもそうだ。彼らも毎日のように、子供に英語を教えているのに、英会話になった途端、中一レベルの英文すら怪しいのだ。

では、英文法の知識と「話す」は全くの別物なのだろうか? いや、そんなことはない。英語話者の有紀さんだって、「英文法の必要性」をあれだけ説いていたではないか。

「大事ですよ。もう、日本語という母国語が完成してしまった以上、文法を学んだ方が絶対に効率がいいはずです」

では、無駄ではないのだ。しかし、どうして私の英文法の知識は、こうまでスピーキングを前にして、死んでしまっているのだろう?

「オフコース、アイノウ。フイッチ? ホワット? ソング? ドゥーユーライク、ベスト?」

「ええっと・・・Tomorrow never knows・・・ドゥユーノー?」

聞いていて、これが茶番だと心から思う。そう、この練習で話せるようになる実感など、全くない。そもそもながら、日本人が話す「でたらめな英語」を聞いていて、それに何の意味があるのだろうか。

「You’re great!  Keep up the good work!」

また、巡回中のネイティブ講師の声が聞こえてきた。

しかし、その大袈裟なホメ言葉が、虚しく響いてくる。そう、きっと彼らは誰に対しても、同じように褒めているに違いない。できていなければ「You can do it!」、少しでもできれば「You did a good job!」。もう、偽りの声かけは、うんざりだ。

そしてそれは、私が以前通った英会話スクールでもそうだった。結局、私があの時欲しかったのは、「Godd job!」ではなく、「どうしてそんなに英語を勉強してきているのに、全く話せないの?」という、講師の本音だった。

思うのだが、「嘘の褒め言葉」は人を深く傷つけ、「本気で叱ること」は何よりも、優しい。

ふと、吉原さんの顔が浮かんだ。

「何だ、頭が悪い上に、聞き取りもできないのか? 私は『馬鹿か』と言ったんだ」

そう、あの人は私と松尾さんに向かって、絶えず本音で接してきた。言葉は乱暴だったが、吉原さんの方が、このネイティブ講師より、何万倍も優しく見える。

「いいか、『真実』を見ろ。決して、周りに流されるな。流されれば流されるほど、多くの日本人のように、英語が話せないという、馬鹿げたことになるぞ。鳥は翼があれば飛べるように、人間なら誰だって、話せるんだ。口さえあればな。たとえ何語であろうが、努力さえすれば、時間さえかければ、誰だって話せるようになるんだ。そもそも言語とは、『上手いか、下手か』だ。『話せるか、話せないか』ではない。少なくとも、中高で6年もやっているなら、尚更だ。だから、『英語が話せない』なんてくだらない茶番は、もうこの時代でケリをつけろ。少なくとも今、子供たちのために働いてんならな」

あの時、吉原さんは私たちに、何を言いたかったんだろう。途中でいなくなってしまったが、私はもっとあの人と話してみたかった。できれば、もう一度、あそこに行きたい。そして、有紀さんともじっくり話してみたい。

ー「由璃、お前、もう二度と有紀と会うなよ」

しかし、だ。私は松尾さんから、あの教室に行くことを禁じられてしまった。

もちろん、破ろうと思えば破られるだろうが、松尾さんは私が学生時代から面倒を見てもらった恩人でもある。裏切るような真似は、やはりしたくはない。

しかし、今、私が迷い込んでしまったダンジョンから脱け出るには、やはりあの二人の意見を聞かない限り、難しいような気もする。一体私は、どうすればいいんだろう。

ー「若松さーん!」

その時、いきなり廊下の方から大きな声が飛んできて、私はビクリとなった。

振り返ると、教務の黒川さんが、ドアの向こう側から、私を睨んでいた。

「少し、別室まで来てもらってもいいですか?」

場内がザワザワとした。しかし、私にはどうして呼び出しを受けたのか、おおよその検討はついていた。

ー「このテストの結果は、一体何ですか?」

別室に呼ばれ、黒川さんは、今日の研修の冒頭に実施された小テストの結果を、バンと無造作に机に置いた。やはり、もう採点を終えたらしい。

「ちゃんと勉強してきたんですかー? 今回、若松さんが一番点数が低かったですよ?」

100点満点中、私の結果は60点だった。合格ラインは80点だったので、あまりにも低すぎて、その場での呼び出しとなったのだろう。

もちろん、勉強はした。しかし、正直なことを言うと、身が入らなかったのだ。

「何があったんですかー? いつも、この手のテストがあったら、上位の常連じゃないですか? しかも、得意な英語でしょう?」

その得意だと思っていた、英語だったからだ。だからこそ、うまく出来なかったのだ。

「何かあったんですかー? 体調が悪かったとか? とにかく、理由を教えてください」

私は本当のことを答えたくはなかったが、ようやく小さい声で、

「その・・・あるのかな、と思いまして・・・意味が」

「え?」

「あの、その・・・この小テストの意味は何ですか? TOEIC対策ですよね? でも、本来の目標は『英語で授業をする』ということでしたよね? その・・・この勉強と、英語で授業をする、というのが重なっているのかな、と思いまして・・・」

言っていて、自分でも驚いた。そう、私は普段、こうして上層部に意見をすることなど、今まで一度も無かったのだ。そのため、黒川さんも目を丸くしていた。

「意味はあるでしょう? 『同じ英語』なんですからー」

「でも、英語で授業をする、ということは、『子供たちとのコミュニケーションを英語でする』ってことですよね?」

「そうですよ」

「じゃあ、子供たちとの会話って、こんなTOEICの試験に出てくるような、ビジネス要素満載の堅苦しいものじゃなくて、『唇に青のりがついている』とか『うっそピョーン』みたいな、どうでもいいようなことなんじゃないかと思いまして・・・」

言った途端、黒川さんの顔がムッとなった。

「じゃあ、私にそんな『どうでもいい』ようなものをテストに出せー、と?」

「いや、そうじゃなくて・・・」

「でも今、あなたはそう言ったんですよー? 『唇に青のりがついている』や『うっそピョーン』みたいな、どうでもいいものが必要だー、って。でもね、そんなことを一つ一つ出していたら、キリがないですよねー?」

「そ、それはそうですけど・・・ただ、TOEIC対策が完璧にできても、それが授業に生きてくるのかな、と思いまして。そう考えていたら、なかなか勉強に身が入らなくて・・・」

すると黒川さんは、フンと鼻で笑い、

「いいですかー? 英語がペラペラな人は、みんなTOEICが高得点です。大は小を兼ねる、と言うでしょー? だからスコアが取れれば、そういったものも、自然と分かるようになるんです」

「・・・なるんでしょうか?」

「え?」

「そうじゃなくて、『TOEICのスコアだけ取れて、英語が全く話せない人』になっていくんじゃないでしょうか? その・・・TOEICだけ、対策をしていたら。まるで受験勉強の延長のような・・・そして、そういう、どうでもいいというか、『生活に密着した言葉』は、いつまで経っても、身につかないような気がして・・・」

「つまり、日本語が話せるからと言って、何だって話せるわけじゃないんです。結局人間は、『知っていることしか話せない』ですからね」

確か、有紀さんはそうも言っていた。そう、別にスコアが取れようが、子供たちと英語で会話はできない。知らないものは、口から出ない。そのため、結局は英語を「二つ」しないといけなくなる。

すると黒川さんは、眼鏡の角度をクイクイと直しながら、

「ねえ、若松さん。あなた、ただ単にテスト勉強をやりたくないだけなんでしょうー?」

「ちっ! 違います! ただ私は、まずやるべき前に、そこを整理してから、しないといけないと思うんです」

「甘えていますねー、若松さんは」

「! ・・・」

「全く、いつまで経っても、先週の桜井みたいな、学生気取りな社員が多くて困るんですよー。いいですか? 会社とは、理屈通りで動いているわけじゃないんですよー? TOEICのスコアアップは、会社の『決定事項』なんですー。だから、意味があるとかないとか、そんなことはあなたにとってはどうでもいいでしょう? 上がやれ、と言った以上、やらなきゃいけないものなんです。分かりますかー?」

「そ、それは、分かりますけど・・・」

そう、その「社会の理屈」は分かるのだ。しかし、こと英語に関していうと、やはりどうしても気持ちが乗らないのだ。

ー「スコアはスコアっしょ。話せるは話せるっしょ。それ以上でもそれ以下でもないっしょ。目指したい奴が目指せばいいっしょ? スコアと話せるをごっちゃにして、人を騙すことの方が遥かに卑怯っしょ。俺はもう、スコアに踊らされていくのを、見たくねーんスよ」

そう、今、「スコア」と「話せる」が、ごっちゃになっているのだ。

スコアの上げ方なら、やり方は分かる。従来のように単語や文法、長文などをお勉強すればいいのだ。過去問だって何周もすれば、パターンは掴める。

しかし、「話せる」は、そのやり方では撃沈したのだ。それは例え、ネイティブとレッスンを取っても、だ。使うテキストだって分からない。

「ねえ、若松さーん、まさか先週の桜井なんかに影響を受けたんじゃないでしょうねー?」

「い、いえ」

「じゃあ、何があったんですかー? 今までこんなことを言う人じゃなかったでしょうー?」

「そ・・・それは、それはあの後、ゆ」

「ゆ」と言ったところで、私は何とか思いとどまり、言葉を濁した。そう、私が有紀さんと接触したことを、社内の人間に言うのは得策ではないからだ。バレたら、恐らく松尾さんに迷惑がかかる。

「? ・・・まあ、ひとまず今回はイエローカードということでー。教室長の笠原には、私の方から直接指導しておきます。部下の失態は、上司の責任ですからねー。そしてまた次回、こういうことになれば、次の査定にも響きますので、注意して下さいねー」

「あ、はい・・・すみません」

恐らく私の顔に、不満の色が出ていたのが、分かったのだろう。黒川さんは「他に何か、言いたいことがあるんですかー?」と、聞いてきた。私はこの際だから、と思って意を決し、

「・・・あの、その・・・実は、今日のグループレッスンなんですけど・・・」

「グループレッスン? TOEICじゃなくて、そっちの方ですか?」

「あ、はい。あの・・・その、あれって、意味があるんでしょうか?」

「はいー?」

「あの・・・その、実は私、以前、英会話スクールに通っていたことがあるんですけど・・・」

それから私は黒川さんに、学生時代、英会話スクールで失敗したことを伝えた。

「・・・だから多分、あれって意味がないように思うんですけど・・・」

自分でも、相当大胆だと思った。しかし、やはり言わずにはいられなかった。

すると黒川さんは、鋭い目で私を睨みつけ、

「英会話スクールで話せるようにならなかったのは、ただ単に、あなたの努力不足のせいじゃないですかー?」

「え・・・」

「どこまで真剣にやられたんですかー? 本当に努力したんですかー? どうせ友達や彼氏と遊びに行ったり、アルバイトでもしてたんでしょー?」

「そ、それは・・・」

もちろん、大学生である以上、それなりに交友関係を深めたり、アルバイトだってした。

「結局、あなたの言う『努力』とは、その程度のものなんですよー。そもそもしっかり勉強していたんだったら、転職してうちになんか来ていないでしょー? 英語ができれば、外資系企業にだって就職できていたはずですよー。ツケが回ってきたんですよ、学生時代に遊び呆けていた」

思わず、グッと拳を握った。この人に、そこまで言われる筋合いはない。

「私はやったことがないですが、英語なんて『ただの慣れ』でしょー? 外国人と話していれば、ペラペラになるんじゃないですかー? そしてこの研修だけで話せるようにならないと思うんだったら、家でオンラインレッスンでも取ればいいでしょー? 今は英会話カフェとか、外国人と出会えるアプリだって沢山あるらしいじゃないですかー? そういうのを全部やって、本当に努力してから、私に文句を言ってくださいねー。『やる前から意味がない』と言うのは、子供と一緒ですよー」

反論したい気持ちを、グッと堪えた。そう、私は学生時代、出会い系にまで手を出したのだ。そして危うく、騙されるところだったのだ。

「もう、今後のレッスンは全て発注済みなんです。しかも、今後も懇意にさせて頂く英会話スクールさんですからねー。そのため、この方針に変更はないと思って下さいねー。若松さんがしないといけないのは、それに意味があるかどうか考えることではなく、どうすれば研修で英語の結果を出せるか、なんです。それが社員のあるべき姿なんです。これって、入社時に教えましたよねー?」

「で、でも・・・それって・・・」

「何ですかー?」

「いや、・・・何でもないです」

私は「ロボットみたいじゃないですか」と続けたかったが、ここで争ったところで、解決など何もしない。私や笠原さんの立場が、危うくなるだけだ。堪えないと。

私は深く一礼し、別室を出た。情けなくて、悔しくて、涙が出そうだった。

そして研修室に戻った時だった。場内がザワザワとしているのに気付いた。何だろうと思い、みんなの視線を辿ると、そこには一人の若い女性社員の姿があった。

「I have a passion for helping all of my students become good English speakers.That’s why I chose to work at this school.Do you have any questions for me?」

「の、・・・・ノー。さ、サンキュー 」

まるでネイティブ並みの流暢さで、グループレッスンを無双している。え? 誰? こんな英語を喋れる社員、うちにいたっけ?

「急遽、中途採用されたんだってさ」

「え?」

私の気持ちを察した隣の同期が、小声で説明してくれた。

「帰国子女なんだと。マジで本部のやりそうなことだよ。一人、英語がペラペラな人材を入れて、社員全員の危機感を煽ろうとしている。どうやら、バンバン帰国子女向けに、広告を出しているらしい」

さすがにそれは勘ぐりすぎだとは思ったが、この会社はたまにそういうことをするので、的外れとも言えない。しかしまさか、帰国子女の採用を始めていたとは、全然知らなかった。

「ホント、英語が喋れると得だよなあ。それだけで今の時代、学歴だって軽く凌駕するからな」

正直、それは私も思っている。というのも、日本で頑張って、名の知れた大学を出るよりも、向こうの大学を出た方が今の時代、ウケがいいのだ。

「あいつ、まだ23とからしいけど、もう準マネージャー待遇らしいぜ」

「えっ!」

「だからうちらよりも、金もらってんだよ。でもそれって、おかしくないか? この会社で不眠不休で数年働き続けている社員よりも、評価が高いんだぜ?」

「・・・」

あまり私は、お給料に関しては気にしない方である。しかし、私よりも若く、しかも入社したばかりの子が、勤続年数の長い私よりも待遇がいいのは、やはりムッとせざるを得ない。

「今後どんどん、校舎に配属していくらしいぜ。帰国子女がスタッフのスクールって言うと、聞こえもいいしな。どんどんうちらみたいな、受験英語だけできて、話せないスタッフは、肩身が狭くなっていくよ」

「・・・」

つまりそれは、「英語の話せる年下」が上司になっていく、ということだろう。そうなったら、私は耐えられるのだろうか。たかが「英語を話せない」というだけなのに。

「でもさ、英語なんて喋れたところで、別に何にもすごくないだろ? 結局はさ、『話す中身』が大事だと思わねえか?」

「あ・・・う、うん。そ、そう、だね」

そう答えたが、やはりそれに関しては、私は心の底から同意はできなかった。

というのも、私たち日本人は、話す中身以前に、「唇に青のりがついている」などの、そういう簡単なことすら、英語で言えないのだ。「話す内容の問題」にすら、到達できていない。だからそれはやはり、ただの「負け惜しみ」に過ぎない。

「あー、マジで英語をペラペラになりてえわ。でも、どうすりゃいいんだ? 出会い系でもやってみるかなあ・・・なあ若松、どうすればペラペラになれると思う?」

何なんだろう、一体。どうして私たちはここまで、英語に振り回されているんだろう。

「My favorite song? Hmm, let me see. I have tons of favorite songs… Oh, “Whatever” by Oasis. I sung it with my friends in college. That song is really amazing! Do you know it?」 

もう、うるさい。ちょっと黙ってて。

(次回「3、彼女の名は」に続く)

日本人が学んできた「英語」とは何だったのか?


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