英語という「教科」から、英語という「言葉」へ
金沢優、2年ぶりの新作、英会話+ハウツー小説「もしなる2」

「もしなる2」9.英語が話せない遺伝子

9、英語が話せない遺伝子

こうして私は、「英語を話せるようになりたい」というモチベーションが根本からポキリと折れ、そのまま就職を迎えた。

もう、英会話は懲り懲りだった。国内で自力で頑張ろうと思い、少しでも「冒険」をすると、痛い目ばかりに遭う。

何だかダンジョンの中にある、英語という「宝箱」の周りに、業者やネイティブたちがせっせと巧みな落とし穴を掘り、私を含め、日本人が続々と落ちていくのを、舌舐めずりしながら待っている構図が浮かんだ。であれば、近づかないほうが無難だ。日本人にとって、英会話は「禁断の実」でしかない。

しかし、だ。やはり「英語を話せるようになりたい」という衝動が、定期的に私を襲ってくるのだ。そう、宝箱の魅力は、まるで片想いの相手のように、一向に色褪せない。

そしてその誘惑は特に、今の仕事に就いてから、強くなった。子供に英語を教えていると、やはり勿体なくなってくるのだ。

ー「何でそんなことしたん? せっかく英語得意なんに、えらい損やないか。ほんなら今からでもすぐに料理しい。もう下準備、全部終わってんねやろ? なんでうちみたいなアホに英語教えてんねん。優先順位、完璧に間違うとるで。まずは自分が話せるようになってきーや」

今日、四葉にもこう言われ、正直なところ、グサリときた。そう、正にその通りなのである。

ちなみにだが、英語を母語としている人は、全世界に約4億人いるらしい。そして日本の人口は1億2千万人だから、計算上、約4倍の人とコミュニケーションを取ることが可能になる。

しかし、だ。ここに全世界の英語学習者、約11億人を追加すると、その数字はもっと跳ね上がる。そう、15億人だ。やはり、これは魅力的だ。目が眩まないわけがない。使いようによっては、「無限の可能性」が出てくる。

また、最近だが、「翻訳機の性能が上がってきたので、もう英語を話せるようになる必要はない」という声も増えてきた。しかし、私にはそれは「英語が話せない人のひがみ」でしか、聞こえない。

というのも、「英語が話せる人」は全員、その素晴らしさを語るのだ。「英語を使って、全世界の人と自由にコミュニケーションを取れるのは最高だ」と。そして成功者ほど、語学の必要性を説く。「話せなくてもよかった」という声は、聞いたことがない。

私は思うのだが、「自分の頭で考え、文章を組み立て、そして誰の助けも借りず、自分の声で相手に届けるところ」に、本来、言葉の良さがあるのではないだろうか。

そう、翻訳機であれ、通訳であれ、何かを介してしまえば、途端にその言葉は味気なくなってしまうのだ。そして、「その人自身の価値」も半減してしまう。

例えば来日した外国人が、拙くても、必死に日本語で伝えようとするところに、私たちは好感を持つ。

そして、向こうが日本語を沢山知っていれば、その勉強に時間を費やしてきたことが、一瞬で分かる。流暢であればあるほど、その人の印象や評価は一気に跳ね上がる。

というのもそれは、日本が好きだから、文化を受け入れたいから、日本人と直接コミュニケーションを取りたいから、少しでも日本と生きていく「覚悟」を決めたからに違いない。興味がなければ、そもそも学びも努力もしない。時間だってかけない。そう、言葉は「気持ち、能力、性格、経験」など、その人が背負ってきたもの全てを透けさせるのだ。

そして、翻訳機があれば学ばなくてもいいという人は、「言葉は伝わればいい、たかがツールだ」と、考えているに違いない。人として、やはり寂しい。

もちろん道案内程度なら別にそれでも構わないが、それでは友達以上の関係にはなれないし、国際的にも認められないだろう。少しでも世界を視野に入れるなら、「英語を話せるスキル」はこの時代、必須だ。

加えて、国内でも、英語が話せることは、かなりの「資産価値」となる。就職はもちろん、転職や昇進だって有利に進む。現状、仕事で使わなくても、その「可能性」に高値がつくのだ。年収だって、数百万円も違ってくるという。だから、話せるに越したことはない。

また、もしも国内で失敗したとしよう。そして「人生をゼロからやり直そう」と思った時、英語が話せれば、海外でもう一度スタートを切れるのだ。

もう、生き方を国内に限定する必要はない。日本という狭い社会が生きづらければ、思い切って海を渡ればいいのだ。世界にはもっと魅力的な仕事や生活が、キラキラと溢れているに違いない。

私は転職時、若い頃にもっと色んな道を作っておけば良かった、と何度も後悔した。そして、もしも英語さえ話せていたら、もっと待遇のいい仕事を、沢山の中から選ぶことができた。

結局、進める道が少なければ、そこが詰まった時、人生はかなり限定されてしまうのだ。「選べる」と「選べない」は、大違いだ。そして、その時に気づいても、もう遅い。なぜなら、「成功への道」とは「見つけるもの」ではなく、「つけてくるもの」だからだ。

そのため、英語が話せるようになれば、確実に将来は明るい。そう、やはり「宝箱」のように、英語には沢山の輝きが詰まっているのだ。そのため、塾で子供に教えるだけの「受験英語」は、もうこの時代、「おもちゃ箱」と変わらない。

そして今後、英語の需要はどの分野でも、益々高まっていくに違いない。また、国内に訪れる外国人だって、これからもっと増える。

これはまるで、江戸時代の終わりに、黒船が来た時と同じ状況だ。だから、いつまでも、言葉を「鎖国」していてはダメなのだ。「日本人は日本語さえ話せればそれでいい」は、もう常識から、ストンと外れる。

そのため、笠原さんの、「やりたい人がその後で、勝手にやればいい」という意見には、やはり賛同はできない。義務教育の中で、ある程度まで「話せる」に持っていかないと、国力自体、低下してしまうのだ。視点を「世界」の中で見ていく必要がある。

そして子供たちはその後で、その「話すスキル」を使い続けるかどうか、伸ばしていくかどうかを選べばいいだけの話だ。そう、「話す」を個人に丸投げするのではなく、もう国が責任を請け負う時代だ。

それなのに、だ。日本では受験にどんなテストを導入するかだけで、何年もドタバタして、一向に改革は進んでいない。本来、そんなお粗末な「お家騒動」を繰り広げている場合ではないのだ。これでは、江戸時代末期の繰り返しだ。そう、日本人のやっていることは、何百年経っても変わっていない。

世界はどんどん英語教育で結果を出し、日本よりもどんどん先に行っている。日本の英語教育の舵が「現状維持」を切るなら、後進国へまっしぐらだ。

ー「まずは自分が話せるようになってきーや」

また四葉の声が、聞こえた。

そう、そうなのである。この理論でいくと、やはり子供たちの前に、まずは指導者から変わっていかないといけないのだ。それは学校の先生はもちろん、塾講師もだ。

こうして、半年くらい前からだ。私はまた、学生時代のように、国内で英語を話せるようになるにはどうしたらいいか、もう一度真剣に考え始めた。

まず私は、英作文テキストに再びチャレンジした。学生時代は失敗したが、今やり直せば、あの分厚かった壁を突破できるかもしれない。

しかし結果は、学生時代と一緒だった。そう、やはり「苦痛」で仕方なかったのである。辛い。できない。模範解答と合わず、バツだらけになる。

本当に不思議である。英語は大好きなのだ。学生時代、勉強といえば、英語ばかりやっていた。今でも子供に教える中で、一番好きな教科は英語だ。

それなのに「話せる」に向けてのステップは、どうしてこんなにも「苦痛」が伴うのだろう。「話せる」は宝箱であるはずなのに、「宝探し」のような、ワクワク感やモチベーションが、全く湧いてこないのだ。

また、英語上級者やネイティブは、よくこう言う。

「英語は楽しもう!  Let’s have fun speaking English」

いやいや、できれば私だって、そうしたいのだ。楽しみたいのだ。

ただ、「苦痛」にならざるもえないのだ。あなたが「楽しめる」のは、「英語が話せる」からだ。こっちはどれだけやっても、何の上達もしないのだ。これを、どう「楽しめ」というのだ。

そして、だ。苦労して、英作文ができても、ニュアンスをいちいち訂正されるのだ。

例えば、「どうして日本にいらっしゃったのですか?」という日本語を英作文しようとすると、「Why did you come to Japan?」となる。

完璧な英作文ではないか。もしも塾で生徒がこう書いてきたら、私は丸をつけるだろう。文法的に、何の間違いもないからだ。

しかし、ネイティブに言わせると、これは「失礼」に当たるらしい。日本に来たことを、咎めているように聞こえる、と。そんなの学生時代、先生から聞いたこともない。

では、この場合、どう言えばいいかというと、「What brought you to Japan?」が一番、自然らしい。

しかし、そんなのはおかしいではないか。「何があなたを日本に持ってきましたか?」なんて、日本語では考えない。であれば、こういった文章は、英作文からは導けない。

こうして、「ネイティブに笑われるあなたの英語」「ネイティブっぽい生きた英語表現」のような本も、どんどん増えてくることになる。そう、日本語から英語を作れば作るほど、どんどん「ネイティブはこう言うよ、それはこう聞こえるよ、それはこう使われているよ」という、カウンターが入ってくるのだ。こんなの、受験の時には全くなかった。

まるでリングの上で遊ばされている、ボクサーのような気がした。一発ブンとパンチを振り回せば、ヒョイとかわされ、パンパンとガラ空きの顔面にワンツーが綺麗に入ってくるのだ。いつまで経っても捕えきれない。

ちなみに、ボクシングで一番疲れるのは、「空振り」だという。そう、英作文をどれだけやっても、私の場合、空振りだらけになるのだ。疲れるのも当然だ。

さて、そうなるといつの間にか、ネイティブが使うフレーズの丸暗記に、落ち着くことになっていく。そう、英作文で上手くいかないのなら、もうネイティブの文章をそのまま覚えてしまうしか、打つ手はないからだ。

しかし、そうなると、今度は丸暗記するフレーズが、どんどん雪だるまのように増えていくこととなる。すると結局、「使う機会がない」という大きな壁にぶち当たる。

しかしこの道は確か、数年前に通って、引き返したはずではないか。だから私は「英語を使う機会」を求めて、英会話スクールに通ったのだ。そして、そこで痛い目に遭った。そうだ、この道の先も、私には行き止まりだ。

こうして私は、流行りのオンラインレッスンを取ってみた。そう、覚えたフレーズを使う機会を、今度はネットに求めたのである。オンラインであれば、英会話スクールよりももっと手軽で、そしてマンツーマンで、しかも毎日受けられる。これならあの壁も、今度は突き抜けられるかもしれない。

しかし、だ。やはりどれだけレッスンを受け続けても、覚えたフレーズが出てくることは一向になかった。そう、フレーズがバラバラな引き出しに詰め込まれ、どこに仕舞ったのか、自分でも分からなくなっているのだ。いや、そもそも、覚えてすらもいなかったのかもしれない。

この状況は、「神経衰弱」にも似ている。どんどんと、バラバラな「英語と日本語」のペアカードが増えていき、どこに何があったか分からない状態なのだ。学べば学ぶほど、どんどんカードは追加されていき、そのうち、覚えることに疲れてしまう。完全にフレーズに「振り回されている」自分がいた。

そして、だ。結局私が言いたいことは、フレーズ集には載っていないことばかりなのだ。しかし、それも当然だ。どこの表現集に、「今日、四葉が筆箱と弁当箱を間違えて持ってきた」と、書いてあるだろうか。

そう、結局は、英作文をしないといけなくなってくるのだ。こうしてまた、来た道を引き返すことになる。

しかし、どのテキストに「筆箱と弁当箱を間違えて持ってくる」というパターンが載っているのだろうか。いや、たとえ載っていたとしても、それに出会うのは、いつの話だろう。

そして、仮に出会えたとしても、それをずっとキープし続けられるのだろうか。簡単な一言フレーズだって、頭のどこにしまったのか分からない状態なのに。

結局、オンラインレッスンでは、その文が組み立てられず、最終的に私は、筆箱と弁当箱の絵を描き、何とか相手に理解してもらえた。英会話なのに、必死に絵を描いている自分が、情けなくなった。

こうして一ヶ月間、何とかオンラインを受け続けたが、上達している実感は全くなかった。講師に一方的に喋られるだけで、結局それは、英会話スクールの失敗の焼き直しに過ぎなかったのである。

ーどうすれば講師のように、英語がペラペラになるのだろう。

私は彼らに、英語の上達方法を聞いてみた。しかし、その答えは、ガッカリするものばかりだった。

そう、「楽しもう!」や「海外ドラマを見よう!」だったのである。私は目の前が暗くなった。

一体、英会話は、誰にアドバイスを求めればいいのだろう。

私は今までに教わってきた、学校や塾の先生の顔を思い浮かべたが、誰も答えられそうにないと思った。そう、彼らは「受験英語」専門なのだ。尋ねたところで、「英会話スクールにでも行ったら?」や「留学したら?」と返されそうだ。

もう、こうなると、その先は堂々巡りだった。ハウツー本を読んだり、ネットで情報を漁ったりした。もう一人で見つけるしかない。

シャドーイングがいい、と色んな人が言っていたので、半信半疑でやってみたが、やはりそれも「苦痛」でしかなかった。

まるで自分が、鳥のオウムになったような気がした。英語の音をただ遅れて繰り返すだけで、どうして話せるようになるだろうか。オウムがいつか、自由に言葉を話し始めるだろうか。こうして、「成功する原理」が分からず、私は数週間でドロップアウトした。

次に音読もやってみた。しかし、これも一週間ほど続けてみて、「苦痛」でしかなかった。どうして声に出して読み上げることが、「話せる」に繋がるのだろうか。たとえこれを100年やっても、「筆箱と弁当箱を間違えた」は言えないだろう。私はやはり、ここでもドロップアウトした。

そして、海外ドラマだって、もう一度チャレンジしてみた。

ひとまず一度目は、日本語字幕を「ON」にした。もちろん、その時は日本語の世界だから、楽しめた。しかし、字幕を抜くと、一瞬で「苦痛」な英語の世界に切り替わった。もはや、何も聞き取れない。

その後、英語字幕を「ON」にし、スクリプトをノートに書き写した。そして、それを日本語に訳す作業を、数週間続けてみた。

しかし、自分が何をしたいのか、途中で分からなくなった。そう、英文を訳す作業であれば、中高6年で散々やってきたではないか。そして、ちっとも話せるようにならなかった。では、この作業自体、何の意味があるのだろうか。

もちろん、「生きたフレーズ」や「スラング」は覚えられるかもしれない。しかし、もしもそういったものを覚えたいのであれば、フレーズ集などを一冊買えばいいだけの話なのだ。そちらの方が綺麗にまとまっているし、また解説などもついており、海外ドラマを見るよりも、遥かに効率的である。

いや、しかしだ。フレーズ集を使った学習は、以前行き止まりだったではないか。いやだ私、気付かないうちに、また同じ道を辿っている。

そう、もう出口がないのである。まさに、ダンジョンだ。どこかにキラキラした「宝箱」が眠っているはずなのに、それがどこにあるのかが分からないのだ。そして、何よりも自分がどの位置にいるのかも分からず、迷子になっている。

加えて、紹介されるフレーズだってバラバラだった。前にも言ったように、色んな「頑張れ」がある。海外ドラマやフレーズ集の数だけ、新しい表現に出会う。そして微妙に言い回しが違っていたりする。こうして、苦労して覚えたものも、どんどん信用できなくなっていく。覚えたファイルが壊れていく。

そして調べれば、「How are you?」はあまり使われない、「I’m fine.」は元気である意味じゃないんだよ、「be going to=will」は大ウソだ、などと、学校英語では見たこともないパンチが、四方八方からビシバシ飛んでくるのだ。もう、顔面ボコボコで泣きたくなってくる。

今まで学校で覚えてきたものや、今子供たちに教えているものは、どこからどこまでが正しくて、どこまでがネイティブ相手に通用するのだろうか。今日歌っていた四葉の『情熱の薔薇』の歌詞ではないが、もう全部がでたらめのように思える。

そして書店に行けば、「やり直し教材」が山ほど英会話コーナーに並んでいる。そうだ、やはりそういうことなのだ。こうして日本人は、「英会話」の段階になって、何度も英語を一からやり直しているのだ。

こうして私は、一冊の文法書を買った。そう、やはり一から文法をやり直した方がいい、と思ったのだ。私の英語が「ガチャガチャ」なのは、「地層」からズレているからに違いない。

こうして私が選んだのは、イラストが沢山載った、イメージを使った教材だった。これなら、一からもう一度、分かりやく学べそうだ。

すると、今まで学んできたものが、別角度から見えてきたような気がした。そう、「実はこうだったんだよ」という発見が多かったのだ。特にそれは、前置詞と動詞だった。へー、こんな意味だったんだ、と何度も頷いた。

ただ、だ。だからと言って、結局は英作文などをして、英語を組み立てないといけない以上、やはり同じ壁にぶつかってしまうのだ。そう、英文が組み立てられない。そして「ガチャガチャ度合い」も、直ったとは思えなかった。こうしてイメージで学ぼうが、「話す」には何の解決にも至らなかった。

そして次に手を出したのは、単語だった。「英語が口から出ない」ということは「単語が少ないからだ」と思ったからだ。何でも日本人の英語学習者は、他国に比べると、「圧倒的な単語不足」らしい。「日本人はインプットが足りないから、アウトプットができないんだ」という意見も聞いた。

こうして私はまた、分厚い単語帳を買ってきて、TOEICに出てくるような、難解な単語を覚え始めた。一日10個覚える、という目標まで立てた。

しかし、やはり上達している実感が全くなかった。そう、たとえ難解な単語を覚えたところで、私の問題は「簡単な単語が使えない」ことなのである。覚えれば覚えるほど、自分の英語が更にガチャガチャになっていく気がした。まただ、またこの感覚だ。進む道を間違えているような。

そして、違うハウツー本を読んでみた。するとそこには、「子供のように考えれば英語はたやすく話せる」「英語はシンプルに」「難しい言葉を簡単な言葉に言い替えよう」などと書いてあった。

やっぱりだ。やっぱり違うんだ、この道は。そして、もしかして難しい単語群を覚えていくのは、簡単な単語が使えなくなり、かえって「逆効果」になるのかもしれない。何だか怖くなり、私は単語学習もストップした。

そしてまた書店に行くと、「中学レベルの文法や単語でペラペラ話せる」という本が売られているのを見て、再び大きな脱力感に襲われるのだ。もう、何なんだろう、一体。文法も単語も、結局はこのままでよかったのか。

しかし、もしもそれが「真実」ならば、だ。もう私は、ペラペラなはずなのだ。なぜなら、私は毎日中学生たちに、英語を教えているからだ。高校入試の問題だって、全て解ける。中学レベルの英語は、もうパーフェクトだ。

それなのに、レッスンでは何も言えなかったではないか。そしてガチャガチャだったではないか。一体、私に欠落しているのは、何なのだろう。

そう、こうして色んな方向から、色んな人に叩かれ、もう「グッチャグチャ」なのである。ただ単に、私は「話せるようになりたい」のだ。ただ、もうそれだけでいいのだ。それなのに、どうして次の道がこうも見えないのだろうか。

こうして、私が次に手を出したのは、「発音」だった。そう、もしかして発音さえ上手くなれば、魔法にかかったように英語が聞けるようになり、海外ドラマなども見られるかもしれない、と思ったのだ。そうなれば、見ているだけでどんどん英語が吸収されるはずである。

しかし、やはりここでも手痛い返り討ちに遭った。そう、「rice」と「lice」の発音が違うことは分かったのだ。口も真似て、発音もできるようになった。

しかし、やはり私の耳には、どちらも「ライス」と聞こえてくるのだ。加えて、文章になったら、全ての音が繋がり、もう全然聞き取れなかった。

そして、久しぶりに見た海外ドラマには、「ライス」なんて一言も出てこなかった。相変わらず、チンプンカンプンのままだった。あれだけ発音に時間を費やしたのに、全部無駄に終わったと思った。

そんな折だ。「日本人はカタカナ発音で十分だ。世界には英語を母語としない、英語話者が11億人もいる。彼らは発音は気にしていない。日本人は気にしすぎているから、英語が話せないんだ」という、主張も聞いた。

もう、何なんだろう、一体。怒りすら覚える。どっちなんだ、発音をやらなければいけないのか、やらなくてもいいのか。「真実」はどっちなんだ。

こうして私が最終的に辿り着いたのは、「メンタル」の問題だった。

そう、最近よく「メンタルブロック」という言葉も聞く。何でも「日本人は中高6年間、英語を間違えたらバツがついてきたので、それが災いし、無意識に間違いを恐れ、発話できなくなっている」らしいのだ。

もしかして、これが「真実」なのだろうか。私が英語を話せないのは、深層心理で「間違える恐怖心」が、ブロックをかけているのだろうか。

そして、もしもそれが催眠術か何かで、カチリと外れれば、まるでダムが決壊したように、ベラベラベラと口から英語が流れ出してくるのだろうか。

こうして藁にもすがるつもりで、私は2万円払い、そういうセミナーにも出席した。

そこは薄暗い会場だった。沢山の人がギッシリと座っており、全員「迷える子羊」のように見えた。

セミナーが始まり、司会者の方が一人の心理カウンセラーを紹介した。すると、まるで宗教の教祖のような方が壇上に現れ、見事な英語でスピーチをした後、日本語で優しく、こう語り始めたのである。

「皆さん、間違えることは悪いことではないのですよ。人間、誰でも間違えるんです。指摘する人の声は、聞く必要は全くありません。話している相手にはきっと、あなたの気持ちが伝わります。そう、実はもう、あなたはペラペラなんです」

周りの人はウンウンと頷きながら、感動して涙すら流し始めた人もいたが、私は途中から馬鹿らしくなった。

ー間違えを肯定して、そこに「進歩」はあるのだろうか。

「大丈夫だよ四葉、冠詞の『a』も『the』もごっちゃにしちゃって。いいよ、三単現のSが抜けたって。もうSなんて存在ごと消しちゃおうか? 時制? いいよ、自分が好きなように書いて。間違えたって、全然いい。相手にはね、気持ちさえ伝わればいいの」

そんなバカな。こんなの、四葉のためではない。相手に教養がないと思われる。それに間違って伝わったり、相手が言っていることも理解できなくなる。

「話せないのは学校や塾の先生たちのせいです。間違ったら全部、バツをつけられてきたのですから。それが全ての原因です」

いや、違うでしょう。私たちは正しい「言葉のルール」を教えているのだ。そして、生徒もその結果で、「進む高校や大学」が左右されるのだ。ここを全て取っ払え、というのか。それが本当に、子供たちのためなのだろうか。

私はふと、パンフレットにある、そのカウンセラーの方の経歴を見た。「米国生まれ。スタンフォード大学卒業」とあった。

ー違う。この人は、ダンジョンに入ったことすらない。きっと私の苦しみが分からない。

そう、私が困っているのは、中学英語もできるのに、全く話せなく、そしていつまでも英語がガチャガチャな、その「理由」と「上達方法」なのだ。ダンジョンからの「脱出方法」だ。

こうして全てが馬鹿らしくなり、私はそのセミナーを途中で退席した。

ここまで振り返り、私はベッドの上で、「フー」と、大きなため息を吐いた。

どうしてなのだろう。どうして私に限らず、日本人にとって、英語はこうも「難攻不落の要塞」と化しているのだろう。もうどこからどう攻めようが、陥落の糸口すら見つからない。全て、返り討ちに遭う。そして、いつの間にか、ダンジョンの中で迷子になり、失敗や散財を繰り返す。

ふと私はその時、幼い頃、スーパーマーケットで迷子になり、泣きながら母の姿を探したことを思い出した。そう、どの通路を見ても母がおらず、全てがどこかで見た景色であり、自分がどこをどう通ってきたのかも分からないのだ。辛い。寂しい。苦しい。そして、落とし穴に滑り落ちる。そう、これが「日本人英語学習者の末路」である。

ふと、その時だった。ツンと、雨の匂いがした。耳を澄ますと、ポツリポツリと、ベランダを打つ音も聞こえた。そっか、「夜更けから天気が変わるらしいッスよ」って、砂ちゃんも言ってたっけ。

私は雨音から、ジェーソンの家から泣きながら帰った、数年前のあの冬の日のことを思い出した。

そう、強いて言うなら、彼と会っていたあの数週間が、一番英語が上達していたような気がする。英語が自分に言葉として根付き始めた、というか。

ただ、もうあんな目に遭うのはゴメンだ。私は努力をして、自分で身につけた英語に、胸を張って生きていきたいのだ。泣くのはもう、沢山。

私はベッドから立ち上がり、ベランダの窓を開け、夜の街を見渡した。絹糸のような細い雨が、住宅街に降り注いでいる。

何だか、空が私の代わりに泣いてくれているような気がした。その優しい雨音が、耳に心地よかった。

しかし、もしも、だ。それが涙の代わりであるならば、きっとそれは私のものだけではない。今まで英語に失敗し続けてきた、日本人全員の悔し涙だ。そんな気がした。

そしてその際、また頭をよぎったのは、四葉のことだ。そう、この雨の向こう側で彼女は今、必死に英語を勉強していることだろう。期末テストに向けて今日は徹夜をする、と意気込んでいたからだ。

ー「なあ由璃ネエ。うち、将来、英語を話せるようになれるんかな」

雨音に混じって、四葉の声が微かに聞こえてきた。

しかし、私はそれに向かって、「うん、なれるよ、絶対」とは、返せない。そう、正直に言うなら、「多分、無理なんじゃないかな」だ。

というのも、四葉に教えているこの私自身が、ここまで英語で苦しんでいるからだ。まだ解決の糸口すら掴んでいない。

それなのにどうして、70点にすら届かない四葉が、国内で話せるようになるだろうか。もう、不可能に近い。それに、仮に彼女を導けたとしても、それはダンジョンの中だ。

だから、もしも前向きなことを言えるなら、「現地に行って、そこでゼロから頑張ってね」だ。

そう、私は「本物の英語」の前では、余りにも無力すぎる。できても受験英語が精一杯で、その先はアドバイス一つできない。

このまま私は四葉に英語を教え続けてもいいのだろうか。他の子のゴールはひとまず「受験」だが、あの子は違うのだ。「将来、英語を話せるようになりたい」から、私の隣に座っているのだ。

そしてもしも、全く話せないままだったら、四葉はどうするのだろう。それでも夢を叶えるために、あの子は日本を発てるのだろうか。そんな勇気を持てるのだろうか。現地で、ゼロからのスタートなのだ。友達も誰もいなく。

私はゾッとした。もう、この時点で「茨の道」が見える。恐らくボロボロになりながら夢を追い続け、そしていつかは諦めるかもしれない。

そう、英語が話せない一外国人が、順風満帆で進めるような、そんな甘い世界ではないはずだ。そしてたとえ成功できたとしても、言語習得に、現地で数年はロスしないといけなくなるだろう。

もう一度私は、雨の向こう側を見つめた。四葉が必死に勉強している姿が、先ほどよりもクッキリと目に浮かんだ。

そうだ、今、この一瞬一瞬が、彼女にとっての「未来」の一部なのだ。だから、今している努力は、やはり未来に繋がっていないといけない。

四葉には、この雨のように、涙を流して欲しくはない。英語を話せなくて頬を濡らすのは私だけで、いや私たちだけでもう、十分だ。光を、光を溢れさせないと。

私はグッと拳を握りしめ、再びデスクに戻った。

『どうして日本人は中高6年間も英語を勉強しているのに、話せるようにならないのか』もう一度私は、そのタイトルに向き直った。

しかし、その瞬間、私はハッとなった。

ーそうだ、もしかしてこれは、「数字が大きくズレている」んじゃないだろうか。

そう、「中高6年」どころではないのだ。

その後、どれだけ年月を延長しても、日本人のほとんどが国内で、英語を話せるようになっていないのだ。数十年、いや百年以上のレベルの話なのだ。

そうだ、この事実に、目を瞑ってはいけない。今だって日本人は、英語を話せるようになるため「だけ」に、海を渡っているではないか。

そしてこうして、毎日子供に英語を教えている、私たち指導者すら、話せるようになっていないのだ。塾講師で英語が話せるのは、ほんの僅かだろう。

いや、むしろ、話せるなら、「違う仕事」を選んでいるはずだ。そう、英語が話せる必要がないからこそ、話せなくても構わない受験英語で十分だからこそ、「塾講師」という職業に落ち着いたのだ。

そしてもちろんそれは、塾講師だけではない、学校の先生だってそうだろう。指導するのは、受験英語でいいのだ。あのエリート先生だって、英語を話せないらしいではないか。

そして、今後始まる小学三年生からの英語でも、指導する小学校の先生は、英語を話せないに違いない。そもそも英語を話せたら、小学校の先生を職業に選んでいないはずだ。そんなスキルがあれば、別の仕事に生かす。

ー「お母さんも学生時代、英語は得意だったんだけどね。やっぱり話せるようにならなかったなー。残念無念」

ふと、母の言葉が頭をよぎった。そうだ、私に英語を教えてくれた母だって、全く話せなかった。

その時、私は「ある真実」に、ぬるりと触れた気がした。

もしかして日本人が英語を話せないのは、「英語を話せる必要がない指導者や大人が、英語を話せる必要のない試験に向けて、中高6年間、子供たちに英語の基礎を教え続けてきたから」ではないだろうか。

いや、それだけではない。「英語を話せる必要のない者が教材を作り、英語を話せる必要のない者が教材を売り続けてきたこと」も、決定的に「ダンジョンへの入口」へと繋がっている気がする。

そして、スピーキングはこのダンジョンに入ったことのない、外国人に今でも丸投げしているのだ。だから、彼らも私たちがどこにいるのか分かっていない。そのため、絶えず一方通行のアドバイスになるしかないのだ。

そしてこうして、私自身、いや多くの日本人が、英会話スクールやオンラインで何年も結果が出ていない以上、子供たちがたった6年間の学校の授業や、月何回かの外国人との集団授業などで、話せるようになるわけがないのだ。いや、なったら、逆に「おかしい」のだ。

ー「トンビが鷹産むわけないやん」

四葉と父親の会話を、ふと思い出した。そうだ、もしも今の子供たちが授業で英語を話せるようになったとしたら、それはもう、「突然変異」でしかありえない。

何だか、日本で行われている英語自体が、全て気持ち悪く思えてきた。もう、何もかも、だ。引き継がれている、「英語が話せない遺伝子」というか。

そして次の瞬間、また私は、ハッとなった。

そうだ、もしかして、私たちは「ダンジョンに入った」のではなく、元々「ダンジョンで生まれ育った」のではないだろうか。そして、ずっと何代もダンジョンに彷徨い続けているのが、日本人が英語を話せるようにならない、「真実」なのではないだろうか。

何だか日本中に「亡霊」のようなものが漂っているような気がして、私は気持ちが悪くなってきた。ひとまずレポートは一旦時間を置いて、次の休みの日を利用しよう。

そのまますぐに寝てもよかったが、確実に寝付きが悪くなりそうだったので、私はひとまずYoutubeで音楽を聴くことにした。

トップページを開くと、あいみょんの『空の青さを知る人よ』が上がっていたので、私はそれをクリックした。最近の、私のお気に入りの曲だ。

ちなみに四葉も最近、よくこの曲を口ずさむ。

「うちもあいみょんみたいに、ギター一本持って、みんなの前で歌ってみたいわ」

そう語る目が、やはりとてもキラキラしていた。

もちろん、そうなったらいい。そして私も、その「みんな」の中の一人になってみたい。そんな「未来への筋道」をつけたい。空を見せてあげたい。そして、私も見たい。

ふと、その時だった。Youtubeのオススメ動画欄に、ある一本の英語のビデオが上がっていることに気が付いた。

タイトルは、『英語がペラペラ話せる小学生、浅草を案内する』とあった。最近、英語関係のビデオをよく見ていたので、恐らくその関連で上がってきたのだろう。何だろう。気になった。

クリックをすると、一人の小学生の男の子が外国人に、英語で浅草の街を案内している映像が流れ始めた。

「Look at the big lantern! It says Kaminarimon in Japanese!」

「Kaminarimon?」

「Yes, it’s the name of the gate.」

「Oh, I see.」

す、すごい。ジェスチャーも交えながら、流暢に英語を話している。私は思わず、画面に前のめりになった。

見たところ、ハーフでもなさそうだ。純日本人っぽい。もしかして、英語圏で育ったのだろうか。発音だって上手い。

「・・・羨ましい」

そう、この子は、私が何年もかけて、必死に勉強し、挫折し続け、未だに頂すら見えない山に、生まれてからたったの数年で、軽々と到達までしているのだ。こっちはまだ、ダンジョンの中で迷子だというのに。

途方もない脱力感が、再び私を襲ってきた。何だかこの少年は、私が、いや日本人がやってきた全ての努力を、別角度から、粉々に砕いてくる。

しかし、この瞬間、ふと私は疑問に思った。

ー「この子の頭の中は、どうなっているんだろう」

そう、この子は日本人だけど、日本語から英語を紡いでいるのだろうか。つまり、瞬間的に、英作文をしているのだろうか。

いや、そんな形跡は全く見えない。何だか自然と、そのまま英語を紡いでいる感じがする。そしてもちろんそれは、フレーズ集丸暗記の次元も、遥かに超越している。

「You can ride a rickshaw. Why don’t you try it?」

そう、英語が「自分の言葉」として、根付いているのだ。日本語から英語への、変換の「間」が全くない。まるで魔法のように、口から英語が滑り出ている。

ふと私は、今日の四葉との掛け合いを思い出した。

ー「なあ、由璃ネエ。うちなあ、心の底から思うねんけどな、英語を話す外国人ってどんな頭ん中しとんのやろな。みんな天才ちゃうか」

ー「みんな天才? どういうこと?」

-「だって、うちらがこんなに苦労しとる文章をあいつら、スッスッスッて書いたり話すんやで。日本人やったら、こんな文章書くんに、丸々一週間はかかるやろ。そんなん、魔法使いのおっちゃんみたいなもんや」

そうだ、魔法使いだ、この子は。

いや、しかし、そもそもだ。英語圏の子供は、みんなゼロから英語を話している。当たり前だが、向こうでは英作文なんかしていない。もちろん、表現集だって、一つも使っていない。

またモワッと、黒い煙が私の中に吹き上がった。そうだ、やはりここに何か、大きな違和感がある。それは英会話を学び始めてから、ずっと感じていたことだ。日本人は英語を話せるようになるために、国家レベルで「何か違うこと」をしているような。

そう、「この子がつけてきた道」と、「私たちがつけてきた道」が、決定的に何か違う気がするのだ。

すると、ちょうどその時だ。映像の中の外国人が、男の子にこう尋ねた。

「Your English is amazing. Where were you born?」

私は再び、画面に前のめりになった。そうだ、どこだ、どこでこの子は生まれたのだろう。アメリカだろうか? それともイギリスとか?

「I was born in Saitama, it’s next to Tokyo.」

え! さ、埼玉生まれなの? 今、私が住んでいる県じゃない。

「Really? Do you live with foreigners?」

「I just learned to speak English by myself but I go to an English language school every week.」

「Oh! Your English teacher must be very good. Are they American?」

「No. He is Japanese.」

ー唖然となった。彼は国内で、しかも「日本人の先生」から英語を習ったようだ。であれば、これは「突然変異」でしかない。

一体、この子にどんな指導が施されたのだろう。私は暗いダンジョンの中に、一筋の光が差したような気がして、その指導者や教室の名前などを知ろうとしたが、そういったものは一切出てこず、映像は終わった。

得られた僅かな手掛かりは、その着ているユニフォームから、この子がサッカーの鹿島アントラーズのファンであることと、そのゼッケンが「20」だったことくらいだった。

(次回「10、パラレルワールド・シンドローム」に続く)

日本人が学んできた「英語」とは何だったのか?


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