日本語に切り替えず、英語のまま理解する
金沢優、3年ぶりの新作「もしなる2」連載中!

「もしなる2」第3部4章.「ピンクとオレンジ」

4、「ピンクとオレンジ」

結局私は、嘘をついて授業を休むことにした。

「あ、ゴメン、砂ちゃん。研修が終わって、今から帰ろうと思っていたんだけど、実はちょっと熱っぽくて・・・うん、代講出せる? 本当? 空いている先生に回せるんだったら、助かる。今、笠原さんは? ・・・あ、休憩で出ているの? じゃあ、ゴメン、言っておいてもらってもいいかな? 後で自分からも連絡しておくから。うん、ありがとう」

仮病で授業を休むのは、社会人生活の中で初めてのことだった。砂ちゃんたちにも、もちろん担当の生徒たちにも申し訳ない。しかし、今日というタイミングを逃してしまうと、有紀さんに会いに行く踏ん切りがつかなかったと思う。

ー「行き先、本当に合っていますか?」

葵ちゃんがそう言ってくれなかったら、今頃私は校舎に戻って、悶々としながら英語を教え続けていたと思う。それこそ、今後ずーっと、だ。

しかし思うに、言葉とは本当に不思議なものである。今まで私は沢山の言葉を聞き、自分自身も発してきた。そしてそれによって自分の人生が左右され、もしかして他人の生き方も変えてきたのかもしれない。

「いい? 由璃。もしも男性とお付き合いするなら、一度、その人の本棚を見なさい。どんな本を読んできたのか、何を培ってきたのか、何に興味があるのか、そしていつも何を考えているのか。その人のことは全部、その本棚が教えてくれるの」

母にこう言われたのは、私が中学生だった時のことだ。もう10年以上も経っているので、さすがに消えてもいいはずなのに、この言葉は一向に色褪せず、私の中に残り続けている。

普通に考えれば、これはすごいことではないだろうか。これではまるで亡くなった母が、いまだに隣に居続けているようなものではないか。

「私、ちょっとだけ運が悪かったみたいね、由璃」

そう言って、母は亡くなった。もちろん、運が悪かったのは、ちょっとだけではない。

しかし、あえて「ちょっとだけ」と付け足したのは、「私を産めてラッキーだった」ということをしっかりと伝えたかったのだろう。自分の人生はラッキーだった、と。私はその言葉を思い出す度に、いつもそう思う。だからこそ、母のためにも頑張らなきゃ、とも奮い立つ。

「言葉というものは、『その人の全て』が出るんです。生まれた場所、育ってきた家庭環境、どう生きてきたか、いつも何を思っているか、どう感じるのか。その人の『生き様の全て』が言葉なんです」

本当に、有紀さんの言う通りだと思う。人とは「言葉」なのだ。だから、私の中で母は今でも生きている。それこそ、今後ずーっと、だ。

だからこそ、である。やっぱり英語という「言葉」を学ぶ以上、それは声に出して、人に届けるところまでもっていきたい。葵ちゃんのように、話せるようになりたい。そしてそれはこれから英語を習う子供たちにも、だ。話せるようにさせてあげたい。そして、そんな指導者になりたい。

そんなことを思いながら、ようやく私は「葛城有紀 英会話教室・学習塾」のあるビルの前についた。看板には「もしも高校四年生があったら、英語を話せるようになると思いますか?」の文言があった。その言葉が、私の胸にグイグイと食い込んでくる。

うん、ならない。今までの英語学習の延長には、「話者への道」は存在しない。何が起きているのか、そして今までの勉強がなんだったのか、やはり私はここにハッキリと向き合わないと。

意を決し、私はエレベーターで3階に上がった。事前に何の連絡もしていなかったので、もしも接客中などであったら、有紀さんに迷惑がかかるかもしれない。そうなったとしたら、本当に申し訳ない。

しかし、エレベーターから降りた瞬間だ。

「声出せって言ってんだろが! このバカ! 言葉ってのはな、『音のやり取り』なんだよ。楽器やスポーツと一緒なんだ! 眺めてて、演奏が上手くなんのか? テレビ見てて野球がうまくなんのか! この翻訳馬鹿野郎!」

「ひ、ひええ!」

なんと廊下で胴着姿の吉原さんが、床を這っている山崎さんをズーンと見下ろしていた。そしてその手には、ギラリと光る竹刀があった。

「いいか? 翻訳家になりたいんなら、今まで通りシコシコ文字を母国語に切り替えてな。音もいらん。聞かなくても、口に出さなくてもよい。学校で習ってきた通りだ。しかし、『話者』を目指すのなら、話は別だ。ネイティブと同じものを見て、感じて、それに当たる英語を口にしていかないといけないだろう? 日本語に訳して満足していて何になる? 口を動かさないでどうなる? いい加減、この時代に頭を切り替えろ、このアホンダラ!」

「で、でも、訳さないと、理解が・・・」

「訳せれば理解なのか、お前の頭の中は? どこまでお花畑なんだ! いいか、訳は訳、理解は理解だ。つまり、理解とは『見る』ことだ。習っただろう? 『わかりました』は英語だと『I see.』になる、と。『to translate』は『to understand』じゃねえ!」

「うへえええ」

す、すごい迫力だ。まるで本当の鬼みたい。

「ったく。今の英語教育は『話者』になる前の段階で、こんな可哀想な人間ばかり産んでしまうのに、どうして何も変わろうとしねえんだ?」

そう悪態をついた吉原さんは、ふと私の存在に気付き、「何だ、金魚のフンか。遅かったな」と言った。え? どういうこと? 遅かった?

「有紀が『今日の夕方前には来ると思いますよ』と言っていたけど、今まで何をやっていたんだ? どうせどこかの喫茶店とかでウジウジやっていたんだろう? そしてやはり唐変木のほうは来ないのか? あのヘタレめ。生徒の未来のためではなく、現状維持に走ったか」

もう、理解が全然追いつかない。

「まあ、いい。有紀からはくれぐれも『優しく接してくれ』、と言われているからな。こいつとは別待遇だ。その分の厳しさは、そっくりそのままお前に分けてやる」

山崎さんは「ひえええ」とまた悲鳴を漏らした。

「さあ、茶を淹れてやろう。hotかcoldか?」

「え・・・ええっと・・・じゃあ、coldで」

「ちなみに茶を煎れる、は英語で何と言う?」

「えっ」

言葉に詰まってしまった。何だろう、お茶を煎れるって・・・「煎れる」なんて、今まで単語帳で見たことがない。

「おい。お前なら分かるな? 英語で茶を煎れる行為は」

いきなり振られた山崎さんは、私のように「え?」となった後、

「insert tea? あれ?」

その瞬間、吉原さんは悲しげな目で私の方を向き、「な? こんな頭になってしまうんだ。今の日本で英語教育を受けてしまったら」と言った。私はゴクリと唾を飲み込んだ。

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(次回「5、誰が日本人の英語を傷付けたのか(仮)」に続く)

「英語」という「教科」を、「言葉」に変える


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