日本語に切り替えず、英語のまま理解する
金沢優、3年ぶりの新作「もしなる2」連載中!

「もしなる2」第3部1章.「I don’t think so」

1、「I don’t think so」

あれから数日間、私はずっとモヤモヤとしながら過ごした。あの教室、そして有紀さんとの出会いは、私の今までの英語人生を、根本からひっくり返すほどのインパクトだった。

「教壇の上で、胸を張って言えますか? 今、生徒たちに与えている指示が、将来、報われるものになる、と。自分たちの教え方を、今までに疑ったことがありますか?」

今まで私は、塾で沢山の子供たちに、英語を教えてきた。

しかし、だ。どれだけの生徒を「話せるようにさせられたか」というと、その数は「0」なのだ。そう、自分で把握をしていない。そもそもながら、その後の生徒に、会ってもいないのだ。受験が終われば、サヨナラの関係。

もちろん、中には留学などをして、話者になった子もいるかもしれない。しかし、それは私の知るところではない。話者にさせる責任を何一つ負っていないので、言葉は悪いが、「どうでもいい」のだ。そう、スピーキングは本人に、そしてネイティブに「丸投げ」している。仮にも「英語の土台」を何年にも渡って教えてきたのに、だ。この構造は日本では常識だが、本来あってはいけないはずだ。

私も「話せる」に向けて、これまでずっと悩み続けてきたが、「中学高校時の英語の先生に聞きに行こう」という選択肢は、1ミリたりとも浮かんだことがない。これは自分でも、「学校英語」と「話す英語」を、切り離して捉えているからに違いない。

そう思うと、あの教室のジョンが日本の英語教育に、腹を立てていたのも頷ける。

好き放題、自分たちの知らないところで、思い通りに英語の基礎を教えてきて、スピーキングになった途端、ネイティブに全てお任せしているのだ。「文法は叩き込んでおきましたよ。どんな文でも、日本語にはできるはずですよ。スペルだって書けますよ。さあ、あとは話者にさせるよう、お願いしますね」のスタンス。

きっと渡されたネイティブだって、たまったものではないだろう。そう、今までどう教えられてきたか、何も聞かされていないのだ。発音だって、一から教え始める必要がある。もう既に、何年も英語を学んできているのに、だ。

「そんなのはおかしい、言葉じゃない、ただの『お勉強』だ」

ジョンが学校のALTを辞め、あの教室を選んだのも頷ける。

「ただ、今、一番大事なのは、生徒の成績だ。しっかりと点数が取れるようにサポートするのが、お前の役割なんだ。英語を話せるようにさせることじゃない」

そして次に松尾さんの言葉が頭をよぎる。そう、確かに私の目標は、「合格させる」だ。

「つまり、同じ時代に、二つの英語が同時に存在している、ということです。『日本人が学んでいる英語』と『話者になるための英語』が」

こうして有紀さんの言葉が、ストンと落ちてくる。そう、明らかに「別個な英語」が存在しているので、受験の後に、目標や道を失った日本人が、ウヨウヨとまるでゾンビの如く、あっちに行ったり、こっちに行ったりして、英語難民となっているのだ。

そしてここに業者が集い、「ペラペラ」や「○○だけで」「○○点アップ」などの文言で、消費者を何とか取り込もうと、パイの取り合いになっている。そして私も大学時代、まんまと甘い言葉に乗せられた口だ。

それでは、学校で学んできたものが全て間違いだったかというと、有紀さんはそれも否定していた。少なくとも既に母国語が完成してしまった以上、「文法の学習」はとても大事だ、と。

そう、英語教育の存在自体を否定しているわけではなかったが、「英語を学ぶ方向性」は変える必要がある、という主張だった。

「日々その子に、何をさせているか、です」

もちろん、日々、何をさせるかは、私の権限では変えられない。私はただの一会社員である。そのため、マニュアル通り、「従来の英語学習」を子供たちに課している。

「なー、どうしたんや、由璃ネエ」

その声でふと私は我に返った。四葉が心配そうな顔で、私を下から覗き込んでいた。

「あ、いや・・・ゴメン、何でもない」

「なんか今日、ずっと変やで。恋愛中か? そんなら、うちに任しとき。何とかしたる。誰や、好きなんは。二次元でも妻子持ちでもドンとこいや」

「違うの、そんなんじゃないの」

「じゃあ、何やねん。恋愛以外に、若い女性が何をそんなに悩むことあんねん」

「大人になったら、色々あるのよ。四葉だってそのうち分かる」

「何やねん、その言い草は。うち、由璃ネエのおかげで、こうして前向きに学校も頑張れてんやで? 由璃ネエの悩みは、うちの悩みでもあんねん。さあ、言わんと。何があったん?」

その一言一言が、グッと私の心に食い込んでくる。

「言葉は、『感情の産物』だからです」

有紀さんの言う通りだ。こうした何気ない言葉の一つ一つに、この子の私への愛情が、なみなみと溢れ出ている。言うなれば、言葉とは「感情の器」なのかもしれない。

「言葉というものは、『その人の全て』が出るんです。生まれた場所、育ってきた家庭環境、どう生きてきたか、いつも何を思っているか、どう感じるのか。その人の『生き様の全て』が言葉なんです」

そして有紀さんのこの言葉も今、ストンと落ちた。そう、言葉はそもそも、フレーズ集を頭を使って覚えるものではないのかもしれない。

ーだとしたら、私は英語をどうやって覚えていけばいいのだろう。

こんなの、英語を十年以上学んできて、本来、抱いてもいけない疑問だ。そもそも私は今まで、一体何を勉強してきたというのだ。

ふと、私はまじまじと四葉の顔を見つめた。

「・・・何やねん。そないな真剣な顔で。おい、なず、うちの顔に、何かついとるか?」

「唇に青のり」

「ま、マジか。給食の焼きそば、食い過ぎたか」

「うっそピョーン」

「おい、なず! 今、必死にこすったやろが」

「キャッキャッキャッ」

そう、これが言葉だ。こうして、その場その場で臨機応変に作り上げ、流れるようにして会話は成立する。

では、今のような会話が、フレーズ集などの暗記で、果たして英語でできるようになるのだろうか。そして、どこのフレーズ集に、「唇に青のり」や「うっそピョーン」や「唇をこする」が載っているのだろう。

そして例えそれが載っていたとしても、覚えられるのだろうか。そして覚えられたとしても、キープし続けられるのだろうか。そして都合よく、その場面で、それが出るのだろうか。そんな頭があるだろうか。

無理であれば、やはり瞬時に英作文をするしかない。しかし、「唇に青のり」は、英語で何と言うのだろう。主語は何から始めればいいのだろう。「うっそピョーン」は? 「青のり」は? 「こする」って? 今までの単語帳に、載ってもいなかったような気がする。全然、記憶に引っかかってこない。

そう、十年以上も英語を学んできているのに、こんなことすら、私は英語で言えないのだ。

「マジでどうしたんや、由璃ネエ。やっぱり今日は変やで。ちゃんと飯食っとるんか?」

「あ・・・う、うん。実は最近、あんまり食欲もなくて」

食欲がないって、英語で何て言うんだろう。ダメだ、日本語を紡げば紡ぐほど、どんどん自信がなくなってくる。

ひとまず私は気持ちを切り替えようと、「さ、授業に入ろっか。四葉はまず、単語テストからね」と、わざと明るい声で授業をスタートさせた。

ちなみに私たちの英語の授業は、前回習った単元の、単語テストから入る。そのため、宿題はもちろん、その単語の暗記だ。

テストは「英語→日本語」「日本語→英語」の2パターンの設問があり、四葉はそれを黙々と解き始めた。

しかし、この時点で私はやはり、大きな違和感を覚えた。そう、向こうの教室ではこんな勉強を誰もしていなかったのだ。その代わりに音を聞き、自分でも発音していた。

私は一体、今、この子にさせているのだろう。「将来、話者になりたい」と言って学んでいる子に、与えるべき課題なのだろうか。もっと他に「すべきこと」があるんじゃないだろうか。

「結局、言葉は『年季』の問題ですからね。一ヶ月でペラペラになったという人を、広告以外で見たことがないでしょう? だから、極力『学び始め』から沢山、耳と口を使った方が、子供のためには絶対にいいと思いますよ」

確か有紀さんは、こんなことも言っていた。これが真実であれば、四葉の学び方はおかしい。耳も口も使っていない。文字を眺めながら、黙々と手を動かしているのだ。使う「器官」が違う。

「なぁなぁ、由璃ネエ! 聞いとんのか?」

「えっ?」

どうやら四葉は解き終わっていたようで、私に何度も声を掛けていたようだった。自分の世界に入り込みすぎて、全然気づかなかった。

「ゴメン、採点するね」

「ったく。一体、何があったんや。絶対に突き止めたるわ」

何とか私は笑って誤魔化し、単語テストの丸つけをした。しかし、その時だ。解答の中に「ruler:定規」を見つけた。

そう、英語とはたまにこういうことがあり、いつも不思議だな、と思う。昨日覚えた単語が、ちょうど次の日の長文問題に出てきたりするのだ。

四葉はちゃんと答えられていたので、思わず私は丸を付けようと思ったが、「定規」の「規」の字が、「器」になっていたことに気づき、そこを×にして、その横に正しい漢字を書いた。

「あっちゃー、『定規』の『ギ』って、その字やないんか」

本当に四葉は漢字に弱い。

しかし、ここでまた、私は違和感を覚えた。

ー一体私は今、何をやっているんだろう。

そう、英語の話者になりたい人間に、「漢字の正しさ」を伝えているのだ。もちろん、こんな漢字の勉強を英語圏の子は誰もしていない。いや、そもそも「定規」という言葉にすら、直していないのだ。

では、彼らが日々していることとは、一体何なのだ。

「はい、真希ちゃん。『ruler』とはこれだよ」

「じゃあ、僕と一緒に言ってみようか、『This is a ruler, This is a ruler, This is a ruler』」

「This is ruler.」

「No. You have to say this is ‘A’ ruler.」

「This is ‘A’ ruler.」

「Good. Could you say that three more times?」

「This is a ruler, this is a ruler, this is a ruler.」

「Excellent! Please keep on reading.」

「OK! Thank you, Yuki!」

そう、有紀さんは定規を見せて、「ruler」と何度も言わせていた。そして、英語圏の子ももちろん、そうだろう。日々定規を見て、「ruler」と何度も口にしているに違いない。

しかし、この単語テストは、「ruler」のスペルを、日本語に切り替えているのだ。

「『定規』と覚えさせて、『定規』と頭の中で変換させるのが、松尾さんの英語教育のゴールなんですか? それともネイティブのように『ruler』と口に出させるのがゴールなんですか?」

ジワリと、嫌な汗が出てきた。

そう、やはり何かおかしい。今まで「やって当然」だと思ってきたものが今、グラグラと揺れている。

そして、ふと私は思い付き、

「ねえ、四葉・・・ruler取ってもらえる?」

「はあ?」

「だから、ruler取ってもらってもいい?」

「ルーラー? 何のことや?」

その返事を聞いた瞬間、私はゾワッと鳥肌が立った。

そして四葉はそれから数秒経ち、「あ、そうか、定規のことやな」と言い、ゴソゴソと自分の筆箱から一本の定規を取り出し、私に「はい」と手渡した。

ー何だろう、この「違和感」は。

そう、四葉は今、「ruler」の音に、全く反応できていなかったのだ。「ruler」を覚えたのに、「定規」に結びついていなかった。おそらく頭の中で、「ルーラー→ruler→定規」と変換したに違いない。時間がかかったのは、確実に脳内の「変換作業」だ。

一方、有紀さんはあの教室で、真希ちゃんにrulerを見せて、「ruler」と発音し、何度も「ruler」と言わせていた。「r」と「l」の音も、しっかり聞けて、自分でも発音していた。きっと真希ちゃんなら、「rulerを取って」と言うと、即座に反応できるだろう。

「一旦日本語で状況を理解し、それを英語で組み立てる。ここに無駄がないでしょうか? だったら、状況から英語を作った方が速いでしょう? 手間は単純に、二分の一にカットされます。6年かけなきゃいけないものも、3年で終わる。つまり、『ネイティブや帰国子女のようなやり方』で学ぶのが、英語話者への最短の道だと思います」

そう、「ruler」を覚えるのであれば、「ruler」を見て「ruler」と言えば、それで足りるはずなのだ。私たちの日本語も、そうやって覚えてきた。

では一体、この単語テストの存在意義は何なんだろう。一体私は、何に丸をつけているのだろう。

「全部、一からやり直しましたから。それこそ、『hand』や『finger』から、全部です」

有紀さんは「見て」、全部やり直したのだろうか。それは一体、何のために。そしてそれと、「話者になる」との関係性は何なのだろうか。

「なあ、由璃ネエ。今日うち、やりたいことあんねんけど、ええか?」

不意に声を掛けられ、私は「え?」となった。

「実は学校で、自由英作文の宿題が出てんけど、全然分からんねん。ここでやってもええか? 分からんかったら、教えてや」

「あ、うん・・・いいけど」

正直なところ、断りたかった。というのも、自由英作文は難度が高い。

もちろん、できないわけではないが、前置詞や時制、冠詞、単数・複数形などは、ハッキリ言って全然自信がない。私がこうして自信を持って英語を教えられているのは、話せる必要もない、筆記試験の指導「限定」だからだ。

しかし、英語の先生でもある以上、ここを「できない」と言ってはいけないし、他のアルバイト講師にも示しがつかない。

OKを出すと、四葉は「やったで!」と言い、持ってきたノートを広げて、私に見せた。その瞬間、私は「うげっ」となった。そう、そこには1ページ分、ビッシリと日本語が書いてあったからである。

「テーマは、『中学校生活の思い出』やねん。だから、去年の地区大会優勝のこと、下書きしてきたんやけど、ひとまず読んでみてくれへんか?」

私はその原稿を、声に出して読んだ。

「うちのイッチ番のおもい出はなんたって、去年の地区大会の優将や。決将の相手は、里中中のヤツらやってんけど、初めにあいつらマジ何なんや。前にやった時と比べて、一周りも二回りも三周りも図体が大きなっとった感じで、そん時、マジであかんわ、思うたわ。でもな、いざマウンドに立って、投げとったら、あいつら、合わへんねん、タイミング。だから、クルクル回るねん。そんならうち、これなら勝てるわ、と思うて・・・」

読んでいて、頭が痛くなってきた。これは、英語以前に、日本語が作文の体をなしていない。誤字や脱字もある。日本語だっておかしい。だからこれを例え綺麗に英語に直したところで、おかしな文章になりそうだ。

「何や、由璃ネエ。変な顔して」

「あのさ・・・これ、提出期限はいつまで?」

「来週。だから、今日と来週の授業で、何とかなるやろ?」

「・・・」

仕方がない。何とか手伝ってあげないと。提出物が遅れると、評点だって下がる。

私は塾にあった和英辞書を持ち出し、一つ一つ調べ始めた。しかし、これは骨が折れそうだ。そもそも、元の文章が崩れているので、日本語も同時に直していかないといけない。本当に、隣の生徒が、手のかからない菜純ちゃんで助かった。

「なあ由璃ネエ、『なんたって』って英語で何や」

知らない。私は一応、和英辞書で調べたが、やはり載っていなかった。

「なんやその辞書。使えんな。じゃあ、ネットで検索や」

そう言って四葉はケータイを使い、「なんたって 英語で」で検索を始めたが、いいものが出てこなかった。その代わり、「なんてったって」が、複数ヒットした。恐らく小泉今日子の「なんてったってアイドル」の英訳が、沢山紹介されているからだろう。

「なあ、別にこれでええんちゃうか? ほら、この人、『なんてったって』は『Look at me!』って言うてるで」

「いや、おかしいでしょ。My best memory is look at me.って、文法的にも。せめて、『look』は動名詞に変えなきゃ」

「ええやん。訳したら、『私の一番の思い出はなんてったって』になるし。はい、これで前半は終了や」

「いや、だから違うって。そもそも『なんたって』と『なんてったって』は別でしょ?」

「一緒、ちゃうか?」

あれ? どうだろう? 意味は一緒?

それから私は「なんたって」と「なんてったって」で、何度も例文を作って声に出してみたが、自分でもその違いがよく分からなかった。

「まあ、ええやん。このペースやと来年になるから、次に行くで。『地区大会』って英語で何や、由璃ネエ」

それからの授業は、もうカオスだった。

そう、私たちは一語づつ、ああでもない、こうでもないと議論し合い、どんどんとデタラメな英文を紡いでいった。きっとこの文章をネイティブに見せたら、酷すぎて、卒倒するに違いない。

しかし、だ。それでも私はこの塾で、何年も子供に英語を教えてきたのだ。何だかそれがとても「不思議」に思えた。まるで、運転が全くできないのに、運転の仕方を教えているみたいな感覚である。

「先生、全部できたよ」

授業も終盤になり、菜純ちゃんが私に声をかけた。ほとんど何も教えていないのに、今日の単元もパーフェクトだった。本当に毎回毎回、解説の時間が取れず、申し訳なく思う。

そして私が四葉に、「さあ、四葉。残りは来週にしようか」と声を掛けた時だった。四葉は不意に顔を上げ、「なあ、由璃ネエ。うち、いつくらいになったら、英語話せるようになると思う?」と私に尋ねた。

片付けを始めていた私は、思わず「え?」となった。

「ほら、うち、ここで勉強を始めて、もう1年やん? めっちゃ頑張っとるやろ? だから、あとどれくらいしたら、ペラペラになれるんかな、思うて」

「・・・」

何と返せばいいのだろう。そもそも私自身、ペラペラ どころか、「ぺ」にすら、なれていないのだ。そのため、正直に返すならば、「多分なれないよ」が正しい答えである。この英語の勉強とスピーキングは、「全くの別物」と割り切らないと。

「まあ、前回のテストはあれやったけど、次は絶対に70点は越えるで。合格ラインや」

しかし、もちろん、四葉にそんな返しはできない。そう、この子は私の指導の元、自分がペラペラになれることを、信じて疑っていないのだ。ここでしっかり学び、あとはネイティブと少し話せば、すぐにペラペラになれると思っている。

「・・・ねえ、四葉は高校を卒業したら、本当にアメリカに渡るの?」

「何やねん、いきなり」

「だって、これからのことなんて、分からないじゃん。気持ちだって変わるかもしれないし」

「変わる予定はあらへんよ」

「だから今はなくても、今後、変わるかもしれないじゃん」

「だから変わるかもしれない予定もあらへん、言うてるやん」

この子と真剣に議論するのは、不毛すぎる。

「でも、何の身寄りもないのに、いきなり向こうに行くって、やっぱり無謀だって」

「・・・ないこともあらへんで」

「え?」

すると四葉はニヤッと笑い、私と菜純ちゃんにだけ聞こえる声で、

「ほら、うちの母ちゃん、離婚しておらんくなったって、前に言うたやん」

「あ・・・うん」

「実は今、母ちゃん、アメリカにおんねん」

「えっ!」

「みんなには内緒な。特にうちの親父には」

そこにタイミングよく授業が終わったちーちゃんが来て、「よっちゃん、一緒に帰ろう」と声を掛けてきたので、それ以上、私は詳しくは聞けなかった。恐らくこれは、親友のちーちゃんですら、知らないことなのだろう。その素振りで何となく分かった。

産後、すぐに離婚して消えた母親。そしてその母親が今、父親には内緒でアメリカに住んでいる。知っているのは四葉と恐らく今聞かされた、私たちだけ。

「そんなの、子供が言っていることだ! これから高校に入って、夢なんてコロコロ変わる。そもそも海外に渡って、歌手になんてなれるわけがないだろう? 馬鹿も休み休み言え」

正直なところ、松尾さんが言っていることに、賛同できるところもあった。

しかし、これで四葉が、無計画ではないことが分かった。何らかの当てがあり、それに向けて、こうして今、英語学習に励んでいるのだ。

「僕からしたら、別にいいんです、指導者側が話せるか話せないかは。そして、たとえそれを待っていても、どうせ数年以上は絶対にかかることなんですから。だから、今すぐに変わるべきなのは、指導者側の『教え方』なんです。そしてそれは学校の先生はもちろん、塾講師を初めとして、大人全員が変わらないといけません。そうしないと、どんな政策を導入しようが、日本は変わりようもないんです」

また有紀さんの顔が、頭に浮かんだ。

果たして今日のこの一時間の学習が、四葉のスピーキングにおいて、そして彼女の将来において、何の足しになったのだろう。何だか全然、「別のこと」をしたとしか、私には思えない。

そう、音も聞かず、発さず、ネット情報で組み立てたデタラメ英語をノートに書いて、1時間が終わったのだ。そして今日あの子に出した宿題も、また文法問題や単語暗記だ。

「こんなので・・・話せるようになるわけなんて・・・ないじゃん」

四葉が去り、ポツリと呟いたその本音を、まだ席に残っていた菜純ちゃんが、目を丸くして聞いていた。

(次回「2、Whatever」に続く)

日本人が学んできた「英語」とは何だったのか?


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