英語を日本語に切り替えず、そのまま理解する
金沢優、3年ぶりの新作「もしなる2」連載中!

「もしなる2」第2部3章.歪められた事実

3、歪められた事実

有紀さんから、あの女性の経歴を聞いた私たちは、空いた口が、更に塞がらなくなった。

彼女の名前は「吉原龍子」と言い、この教室の初代学院長だったそうだ。そして、同時に剣道と柔道の師範でもあり、その父親はなんと、元衆議院議員らしい。もうこの時点で、かなりぶっ飛んだバックグラウンドである。

そして、彼女自身も数年前、衆議院選挙に立候補したらしいが、その言動や打ち出した政策に、なかなか支持が集まらず、残念ながら落選となってしまったようだ。

しかし、政治家になる信念は折れることなく、今は父親の助けも借りながら、政治家の見習いをしているようである。

そして立候補と同時に、この教室は弟子の有紀さんに丸ごと引き継がれた。しかし、時間があると、こうして今のように教室にせっせと顔を出し、有紀さんが言うには、「日頃のストレスを発散させている」らしい。

何だかこちらは1球投げたら、10,000球返ってきた感じである。もう、半端なさすぎる。聞けば、まだまだとんでもないエピソードが出てきそうだ。

「じゃあ有紀は、あいつの指導を受けたのか?」

「はい、本当にもう、英語に関しては、かなりの影響を受けていますね」

「なら、もうペラペラになったのか?」

その質問に、有紀さんは「うーん・・・」と表情を曇らせた。あれ? ペラペラじゃないの?

「どうした? どうせお前のことなんだから、もうペラペラなんだろう?」

「いや、その・・・イヤ、なんです、その『ペラペラ』って言葉が。余りにも『無責任』で。何を基準に『ペラペラ』って言えるんですか?」

「そりゃあ、ペラペラはペラペラだろう?」

「つまり、ネイティブレベルってことですか?」

「そうだ」

「じゃあ、全然ペラペラじゃないです」

そう言って、有紀さんは苦笑いした。え? 違うの? 同じように松尾さんも、驚いた顔をしている。

「きっと、ですけど、向こうに住んで、ネイティブと同じ経験をしながら、言葉を育む機会を年単位で得られたら、その可能性も見えてくるとは思うんですけど、国内で普通に日本語で生活している限り、自分がネイティブレベルになるのは、ほぼ不可能に近いと思いますよ。なったとしても、それは極めて稀なケースです」

「な・・・そ、そうなのか?」

松尾さんは、ガックリと肩を落とした。

そして、それは私も同じだった。やっぱり、向こうに住まない限り、ペラペラにはなれないのか。なんだか、英会話教室の経営者の口からそう言われると、さすがにズシリと響くものがある。

しかし、だ。仮にも英会話教室のトップが、そんなことを言ってもいいのだろうか。ここは、「国内にいても、誰だってペラペラになれますよ」と、言葉を巧みに使って、人を誘導するのが本当ではないだろうか。

もちろん、私たちは別に入会希望者ではないので、営業トークを掛ける必要はないだろうが、この人は恐らく誰に対しても、同じようなことを言っているような気がする。言葉に「裏がない」というか。

ーしかし、ちょうどその時だった。

「Hey,Yuki. Takumi forgot to bring his textbooks today, are there any you can lend him?」

子供たちと話していたジョンがいきなり大声で、私たちに向かって、何か言った。しかし、それが不意だったこともあり、私は何を言っているのか、全く聞き取れなかった。

しかし、有紀さんは至って涼しい顔で、

「Of course, We have others that he can use.They’re on the second shelf from the left. Could you get them for him, please?」

その返しが恐ろしく流暢だったので、私はもちろん、松尾さんも思わずギョッとなった。

するとジョンは「OK.」と言い、棚から取り出したテキストを、一人の男の子に「Here you go.」と言って渡した。

恐らく、あの子はテキストを忘れてきたのだろう。そのため、ジョンが余分なテキストがないかどうかを尋ね、そして有紀さんが、「棚に余分なものがあるから、渡して」と伝えたに違いない。

「お、おい、有紀・・・お前、私に嘘をついたな。ペラペラじゃないか」

恨めしい顔で、松尾さんは有紀さんを睨んだ。そうだ、有紀さん、「ペラペラじゃない」って言ったのに、全然そんなことないじゃない。

すると有紀さんは、頭を掻きながら、

「結局なんですけど、その程度のものですよね、『ペラペラ』って判断基準は」

「何?」

「つまり、かなり『主観的なもの』じゃないですか? 今、何を基準に、『ペラペラ』って判断したんですか?」

「何を基準にって・・・ペラペラはペラペラだろう?」

「それは内容のことですか? 文法の正確さですか? 語彙力ですか? 発音ですか? それとも、切り返しの速さですか?」

「そ、それは・・・」

そう、「印象」だ。私たちには「ペラペラに見えた」のだ。

「日本人はみんな聞くんです。『英語が話せる』と言えば、『ペラペラなんですか?』って。そして、もしもペラペラじゃなかったら、他人も自分も『話せない』に、カテゴライズしてしまいます」

「・・・何?」

「言葉って、本当に怖いんですよ。時には、事実すら曲げてしまうことがありますからね。つまり、『暗示効果』です」

「暗示、効果だ?」

松尾さんが眉間に皺を寄せた。胡散臭そうな話だ、と思ったのだろう。

「はい、つまり本来、『少しは話せる』のに、『ペラペラじゃないから、英語を話せない』と周りがみんな、そう言っているから、自分を無意識に『話せない』にグループ分けしてしまう。これは、自分は至って普通なのに、周りが『バカ』と言っていたら、自然と自分が『バカ』だと思うようになるのと変わりませんよ。そうすると、それはマイナスには働きますが、決してプラスにはならないでしょう。例えば塾の生徒にもいませんか? いつも自分のことを『自分、バカだから』って言っている子が」

私は「あっ」と、思わず声を漏らした。そう、真っ先に四葉の顔が浮かんだからだ。

「もう下準備、全部終わってんねやろ? なんでうちみたいなアホに英語教えてんねん」

そう、四葉はいつもこんなことを口にする。「自分、アホだから」と。

「本当はそうじゃないのに、そしてまた、仮にそうであったとしても、そこから『変わろう』とすることが本来大事なのに、周りが『お前はバカだ』と言って、決めつけることで、『自分はバカなんだ』とカテゴライズしてしまう。そしてチャレンジすらしていないのに、『元々能力がないから』と、言い訳にも『その言葉』を使ってしまう。これって絶対に本人にとっても、良くないと思うんです」

ふと私は、四葉の父親や、その他の発言を思い出した。

「あー、ええねん、ええねん。そういうんは。俺が申し込んで、このアホが受ける。それで終わりや。それ以上もそれ以下もあらへん」

「言われたんや、エリートに。うちが将来、英語ペラッペラに話せるようになりたい、て教室で言うたら、『お前なんかがなれるか、アホ。まずは一回でもテストで70点超えてから、そんな発言しろ』って」

私は、背筋がゾクリとした。

そう、あの子は家庭でも学校でも、生まれてからずっと、「アホ」と言われ続けて、これまで生きてきたのだ。本当はそうじゃなくても、言葉がそう締め付けてくる。すると、そう「なって」しまう。

「『言葉の効果』をあまり、ナメない方がいいと思いますよ。それによって、結果だって、大きく左右されてしまいますからね。『お前、バカだから無理だよ』と言われ続ける人生と、『バカじゃない、お前ならできる』と言われ続ける人生の違いです。きっとそれは、その子の『人格』や『運命』まで変えてしまうでしょう。そのため、この社会は『言葉で成り立ってきた』と言ってもいいくらいです。そして、特に子供ほど、その影響は受けやすい。その子の将来の『基準』になってしまうんです」

ここから先は、有料になります。「note」からお読み下さいませ。今後、値上げもする予定です。サポート感覚で、ご購入頂けると幸いです。買われて損はない内容だと思います(多くの方からオススメを頂いています)

(次回「4、話者になるための哲学」に続く)

日本人が学んできた「英語」とは何だったのか?


完全版・増刷版】は文庫本のみです。
待望の重版出来!!全国発売スタートしました!!