英語を日本語の音に切り替えず、そのまま理解する
金沢優、3年ぶりの新作「もしなる2」連載中!

「もしなる2」第1部11章.熱狂と興奮

11、熱狂と興奮

「ーということで、日本人が中高6年英語を勉強しても話せないのは、学校の先生が、英語を話せないからです」

ついに英語研修が始まり、予定通り第一回目の今日は、「どうして日本人は中高6年間も英語を勉強しているのに、話せるようにならないのか」についてのプレゼンテーション大会が、ここ東京本社の研修室にて行われている。

参加しているのは埼玉県全域の約30校舎のスタッフで、もちろん全員が今後始まる、オンライン英会話コーディネーターの対象者である。

とにかく私たちの塾は、こういった研修ものが多い。教務研修、保護者面談研修、教育業界研修、対生徒コミュニケーション研修など、よくここまで考えつくな、と感心するほどである。

そして、出席するだけなら別に構わないのだが、その度に課題や試験などがあるので、休みの日もスタッフは、その準備に追われることになる。そのため、スッキリと休めず、肉体的・精神的に崩れていく者も多い。英語研修が始まれば、今後はもっともっと大変になってくるだろう。

そして、私と同じテーブルに座る、同期で同年代の桜井竜哉くんは、そのせいもあってか、朝からずっと不機嫌だった。

「・・・チッ、くっだらねえ」

プレゼンテーション中、こうして何度もそう呟くので、私はハラハラしっ放しだった。

というのも、今日は教務部のトップ・黒川友則さんを始めとして、私がアルバイト時代にお世話になった隣エリアのブロック長の松尾茜さん、そして今の私の直属のブロック長の橋詰徹さんなど、沢山の上層部が出席しているからである。もしも桜井くんの声が、前方に座る彼らに聞こえたら、大問題になるだろう。

そして、その中でも、橋詰さんは激しい性格で有名だ。少しでも会社にネガティブな発言や態度をしようものなら、徹底的に弾圧をかけてくる。裏では「軍曹」とも呼ばれているくらいだ。そのため、血気盛んな桜井くんは入社以来、橋詰さんにずっと目をつけられている。

ちなみにこの会社は新入社員ももちろんいるが、その多くは私も含め、「転職組」で成り立っている。

そして、桜井くんは以前、ある大手の英会話スクールでスタッフをやっていたらしい。しかし、上司と衝突してしまい、ここ「ヘッドスタート」に転職してきた、と本人が以前、言っていた。

桜井くんの第一印象は、学校にいた、不良グループのトップのようだった。髪型もほぼオールバックで、いつも柑橘系の香水の匂いがする。背も高く、一見、近寄りがたいが、実際に話してみると、発言に芯が通っており、私は段々と好感を持つようになった。また、聞けば桜井くんは、校舎に通う生徒たちからも、絶大な人気があるらしい。

そして、桜井くんはとても歌が上手かった。去年の忘年会の時のカラオケ大会で、ジャパハリネットの「哀愁交差点」を歌った時、胸に来るものがあった。

しかし、その日の帰りだ。いきなり彼から告白されてから、良好だった私たちの関係は崩れた。そう、私は桜井くんに好感を持ってはいたが、恋愛対象としては見ていなかったのだ。私のタイプと、少しかけ離れていた。

そしてその後、何度かデートにも誘われたが、やはり私は断ってしまった。こうして、私の方から連絡を取ることはもう、なくなり、向こうも私に気を使って、距離を取ってくれた。

実のところ、私はジェーソンとの一件依頼、恋愛に対して、必要以上に奥手になってしまっていた。自分には本当に「人を好きになる権利」があるのだろうか。一旦そう思ってしまうと、どうしても気軽に異性と付き合えないようになった。正直に言うと、私は社会人になってから、恋人ができたことがない。

「また、学校では文法を間違えたら、減点されます。それが会話になった時に、『文法が違うんじゃないか』、と萎縮に繋がってしまいます。そうではなく、『自分はもっと間違えてもいいんだ』、という気持ちの切り替えが必要だと思います」

また桜井くんが「チッ、茶番だぜ」と、呟いた。うん、その気持ちは分かるけど、もうちょっと気持ちを抑えて。

そう、私もこのプレゼンテーション大会は「茶番」だと思う。今、こんなところで日本の英語教育の問題点を出し合ったところで、それが何になるのだろうか。

結局、「○○が悪い、△△のせいだ」と、誰かやシステムなどを非難し、そしてその検証や議論も行われず、そこで終わるのだ。

「以上、越谷校、鈴木遼太郎のプレゼンを終了いたします。ご清聴頂き、誠にありがとうございました!」

盛大な拍手が起こり、話者が入れ替わった。

そしてその間、書記係のスタッフが、壇上の横のホワイトボードに、話者の論点をサラサラと書き写した。

ちなみに私は二番手だったので、もうプレゼンは終えている。テーマは「日本人には、英語を話す環境がないから」で仕上げた。

本当は、「日本人は指導者も含めて、大人全員が『英語を話せるに向けてのステップ』が全く分かっていなく、そこにコンセンサスも取れていないので、何代にも渡って、『話せない遺伝子』が受け継がれている。中高6年どころの話ではなく、何十年以上も解決策が出ていない」と言いたかったが、それだと笠原さんと議論になりそうだったので、当たり障りのない切り口にした。どうせここで本質に触れられたとしても、何の意味もないだろう。

私はホワイトボードに書かれた、「日本人が英語を話せない理由」を眺めた。

・カタカナ発音が問題
・英語を話す環境がないから
・英語を話す必要性がないから
・英語を始めるのが遅すぎるから
・圧倒的に学習の時間が足りていないから
・母国語の習得があやふやだから
・授業が楽しくないから
・英語嫌いや英語アレルギーのせい
・ネイティブを前にしてアガってしまう国民性
・ネイティブ講師の数、授業が少ないから
・「恥の文化」が邪魔をしている
・本当は話せるのに、自信がないから
・そもそも、「話す内容」がないから
・受験にスピーキングがないから
・使わない英文ばかりで、スラングなどを習っていないから
・教師が英語を話せないから
・間違うことを恐れているから

正直なところ、どれもこれも、どこかで聞いた理由だ。恐らくみんな、ネットや書籍から拾ってきて、適当に仕上げたのだろう。ちなみに、ある二校舎は、論調も言い回しもほぼ一緒だったので、恐らく同じものを参照してきたに違いない。

そして、私は思うのだが、全てが「浅い」気がする。「英語が話せない原因」は、もっともっと私たちが思っている以上に、地中深く、眠っているはずだ。

しかし、ここにはあえて書かれなかったが、先ほど終えた、桜井くんのプレゼンテーションは、かなり衝撃的だった。

ー「日本人はみんな、テストのためだけに英語を勉強しているからッス」

これには上層部も含め、一同、ザワザワとなった。

そして、桜井くんは多くは説明せず、「日本人はテストのために英語を勉強し、そこで終わっている。そして、周りも英語を『金づる』としか見ていない」と続けて、わずか1分ほどでプレゼンテーションを終えたのだ。

さすがにこれは、後で社内でも問題になるだろう。そう、プレゼンテーションの持ち時間は一人10分程度と決まっている。そして、主張の説明だって、ほとんどなかった。恐らく後日、上層部から桜井くんが所属する校舎に、処分がくだるだろう。

ただ、桜井くんはそういうことはモノともしない。本来、そういう性分なので、上層部も諦めているところがある。しかし今後、この会社で、彼の昇進は永久にないだろう。今でも桜井くんがここで働いているのが、奇跡に近い。

しかし、だ。桜井くんの「英語を『金づる』としか見ていない」の発言の意図は、何なのだろうか。

ちなみに桜井くんは、「俺はあまり英語を話せない」と自分でも言っていた。そう、これは本人から直接聞いたのだが、別に英会話スクールのスタッフは、そこまで英語を話せる必要はないらしい。というのも、仕事はあくまで日本人との接客がメインだからだ。もちろん、話せるに越したことはないのだが、英語を話すのは、ネイティブ講師たちだけで十分回るそうだ。

そして、スタッフの採用基準を必要以上に上げてしまうと、募集すら来なくなるらしい。もちろん、そうなってしまうと、校舎運営は厳しくなる。思えばその昔、私が通った英会話スクールのスタッフも、英語が片言だった気がする。

ひとまず今日の研修終わり、桜井くん本人から、先ほどの発言の意図を直接聞いてみよう。そう考えていた、ちょうどその時だった。最後の話者が発表を終え、教務部の黒川さんが立ち上がった。

「さて、皆さん、今日は長時間、お疲れ様でした。こうして英語教育の問題点を色々と話し合う機会はあまりなかったので、今日はとても有意義な時間だったのではないか、と思っております」

「チッ」

また桜井くんが、小さく舌打ちした。

「それでは今後の英語研修の流れについて、説明していきます」

私はそれを聞いていると、段々と心が鉛のように重くなっていくのを感じた。というのも研修は今後、隔週開催で、次回からはネイティブ講師も加わり、英会話のグループレッスンが行われるらしいのだ。

ふと私の中に蘇った記憶は、学生時代に失敗した、例の英会話スクールのことだ。もしかして、またああいうレッスンをやっていくことになるのだろうか。

「そして、今後ですが、TOEICも個人的に受けに行ってもらいます。もちろん費用は、会社で負担致しますので、ご心配しないように」

スタッフの顔が、一斉に曇ったのが分かった。そうなるのでは、と誰もが予想はしていたものの、こうして直接アナウンスをされると、まるで実刑判決を受けた被告の気分である。

ちなみにTOEICには「話す・書く」に特化したものもあるが、ここでのTOEICは、よくある「読む・聞く」の方である。つまり、私が学生時代に頑張った、あのスコアをもう一度、上げる努力をしていかないといけないのだ。

そして、それとは別に、「話す」勉強も、追加されるのだ。そしてもちろんそれは、結果まで求められる。そう、学生時代のように、「話せるようになりませんでした」は許されない。

加えて、TOEICも「会社が費用を持つ」ということは、ここでも結果を求められることになるはずだ。つまり、スコアアップは「業務命令」なのである。そして、それが給与などの査定に関わり、かつその結果が同じ校舎の笠原さんと砂ちゃんにまで影響を及ぼすことになる。もうこの時点で、かなりきつい。英語という「大蛇」で、雁字搦めである。

そして、次の黒川さんの発言で、室内は一斉にザワザワとなった。そう、黒川さんはこう言ったのだ。

ー「ただし、皆さん。一番初めに受けるTOEICのテストは、本気を出さないようにして下さい」

その瞬間、桜井くんの目つきが、ギロリと変わったのが分かった。

前方に座っていたスタッフが、「どうしてですか?」と黒川さんに尋ねると、

「実は今後、私たちの英会話レッスンを受け持ってくれる業者さんからお願いを受けましてね。そこは今後、TOEICを目指す生徒さん・企業さんを、積極的にマーケティングしていきたいそうです。そのため、『英会話レッスンと比例して、TOEICのスコアも上がりました』という、成功サンプルがどうしても欲しいそうです。そしてその対象が、私たち『ヘッドスタート』になりました」

くっだらない! 私は心の中で叫んだ。

「向こうは『何点取ったか』ではなくて、『何点アップしたか』が欲しいそうです。それだと、どんな層にもアピールができますからね。『○○点あがりましたよ』はウケがいい。そして、もちろんその代わりですが、私たちの英会話レッスンも、かなり安く請け負ってくれることになりました。そのため、私たちが受けるTOEICのスタートは、なるべく落としておいた方がいいでしょう。そうすれば、かなりの『上がり幅』が期待できます。スコアの『上』は操作できませんが、『下』ならいくらでも操作できます。ただ、もちろん、一番初めが低すぎると、そもそものスタッフの英語レベルが疑われてしまいますので、まずは自分の実力よりもやや抑えてもらって、今後、どんどん上げていってもらいます。まあ、理想としましては、半年間で600点台から900点台にまで推移する感じでしょうか。そうなったら、先方だってきっと喜ぶでしょう」

「まあ、モノは何でも使いようですね」と、ヘラヘラ笑う、黒川さんや上層部たちを見ながら、私は思わずグッと拳を握った。そして、恐らくその場にいたスタッフも全員、はらわたが煮えくり返るような気持ちだっただろう。私たちスタッフを何だと思っているんだ。そして、何なんだろう、この国の英語って。どうして、こんなに「お金まみれ」なんだろう。

その時、私はハッと桜井くんの方を見た。そう、彼がプレゼンで言いたかったのは、もしかして、こういうことなのか。

「そして、次回の英会話レッスンのテーマは『英語で自己紹介』です。ひとまず業者さんからもらった、『自己紹介で使える便利フレーズ集』を、後日メールで送りますので、それを覚えてきて下さい。また、毎回TOEICのミニテストも企画しているので、その都度スキルアップを目指していきましょう」

もういいって、そういうのは。フレーズ集なら、もう家にいっぱいある。ケータイにも沢山溜まっている。もう、覚えられないの。覚えたところで、口から出ないの。そして、すぐに忘れるの。使う機会もないの。もう、これ以上、増やさないで。それにTOEICだって、もう十分。勘弁して。

その時また、桜井くんが「クッソ!」と呟いた。しかし、その声が思った以上に響き、私は「ヤバイ!」と思った。

すると案の定、それに気付いた橋詰さんが「バン!」と机に手を叩いて、

「おい、桜井! お前、今朝からその態度は一体、何なんだ!」

と、声を荒げて立ち上がった。そう、やはり、初めっから橋詰さんは気付いていたのだ。室内が一瞬で、冷凍庫のように凍りついた。

しかし、だ。桜井くんは全く怯まず、座ったまま、こう返した。

「何がですか、俺は別に悪いことなんか、何もしてないッスよ」

ヤバい、桜井くん、完全に目が据(す)わっている。軍曹と闘う気だ。

「何だと? 貴様、ずっと舌打ちばっかしてんじゃねーか! 言いたいことがあれば、直接口に出して言えばいいだろう、この卑怯者が! 一体、何が不満なんだ! うちら上層部が、しっかりお前らスタッフの英語力をサポートをしてやる、と言っているんだ。本来なら、英会話を習ったり、TOEICを受けたりなんて、個人でやるもんだ。それを会社の費用で、そして業務時間の中でやれるんだぞ? 感謝すべきだろうが!」

「ハッ、何でうちらがあんたらに感謝しないといけないんスか? 何やりたいんスか? うちらにTOEICを受けさせて、何をさせたいんスか?」

「社員の英語力が上がれば、必然的に子供たちへの指導も上手くなるだろうが。子供たちの英語力のためだ。それにTOEICは、資格や学歴と一緒だ。スコアさえあれば、日本では『英語ができる』とみなされるんだ。社員が高いスコアを持っていれば、保護者からの信頼だって得られるだろうが。何でこんな簡単なことを、いちいち説明しないといけないんだ?」

「くっだらねえ。それでスコアだけ良くて、片言しか話せないままで、英語が逆にコンプレックスになっていた人を、前に働いていた英会話スクールで散々見てきましたよ? 悲劇じゃないッスか、そんなの。いいんスか、うちらの社員がそんなことになっても?」

「だから、TOEICだけじゃなくて、こうして英会話のレッスンもつけてやるって言っているんじゃないか?」

「何で『TOEICのための英語』と『話すための英語』の二つを同時にやんなきゃいけないんスか? 『誰のための、何のための英語』を目指しているんスか?」

「何ィ?」

「何で大人も指導者も、資格試験のスコアばっか追ってるんスか? そうしたら、子供に教えられる英語は、資格試験のスキルになっちゃいますよ? 自ら資格試験の檻の中に入って、何がしたいんスか?」

「スコアは大事だ。いいか、桜井? この国はな、スコアで回ってんだよ。そして、子供もそれで受験が決まるんだ。追って何が悪い? 追わせて何が悪い? 甘えたこと言ってんじゃあねーぞ」

「じゃあ、スコアだけ追わせて、散々煽(あお)っておいて、中身が伴ってこなかった場合、責任を取れるんスか? 子供たちだってスコアさえ取れれば、中身も伴ってくるって、英語も話せるようになるって信じてますよ? いいんスか? 頑張ってスコアを取った後に、『あくまでスコアと話せるは、別ですからねー』って、言い逃がれんのは、もうなしッスよ?」

その言葉に私は、ハッとした。そう、正しく四葉は、このケースではないだろうか。

ー「言われたんや、エリートに。うちが将来、英語ペラッペラに話せるようになりたい、て教室で言うたら、『お前なんかがなれるか、アホ。まずは一回でもテストで70点超えてから、そんな発言しろ』って」

ー「だから次の中間、絶対に70点以上、取ったるわ」

ー「今度こそ70点いける、思うたんにな。徹夜もしたし。何でうち、みんなみたいに点が取れへんのやろ?」

そう、四葉はスコアを信じているのだ。70点さえ取れれば、英語が話せるようになる、と。

そして、それは昔の私もそうだった。TOEICのスコアさえ上がれば、英語が話せるようになると思って頑張り、そして、裏切られたのだ。「『スコア』と『話せる』は別だからねー」と。

「スコアはスコアっしょ。話せるは話せるっしょ。それ以上でもそれ以下でもないっしょ。目指したい奴が目指せばいいっしょ? スコアと話せるをごっちゃにして、人を騙すことの方が遥かに卑怯っしょ。俺はもう、スコアに踊らされていくのを、見たくねーんスよ。うちら社員にやらせるんなら、どっちかにして下さいよ。TOEICのためなのか、話せるようにさせたいのか。あと、お前らだって、教育語ってるくせに、業者にまんまと踊らされてんじゃねーよ、バーカ」

「な、何だと、貴様!」

そうだ、それはTOEICに限らず、受験だってそうだ。将来、これが「話せる」に直結すると思って頑張ったのに、「『受験』と『話せる』は別だからねー」となっているのだ。

そして、だ。あろうことか、「中身まで違う」と言われている始末なのだ。「その表現は使われていない、いや、実はその意味はこうだったんだよ」、と。こうして、私たちは国家レベルで、裏切られ続けられている。

結局、英語を使って、私たちは何をしたいのだろうか。「スコアを取りたい」のか、「話せるようになりたい」のか。そこを決めずに、誤魔化されたまま、都合よく踊らされたまま、英語教育がグネグネと迷走し続けているのだ。

「それに社員がTOEICを900点以上取ったところで、うちらに通っている塾のほとんどは、小学生とか中学生ッスよ? 『This is a pen.』とかっしょ? そんな高い英語のスキルなんか、あいつらに要らないじゃないスか? うちらのスコアと、あいつらの英語力に何か関係があるんスか? うちらが高いスコア取れたら、あいつらが英語を話せるようになるんスか? 無関係じゃないスか? そんなの、社員の生活を削ってまで、労力をかけることッスか? そんなことより、やらなきゃいけないのは、『どう教えるか』じゃないスか? そうしないと、あいつらだって報われないじゃないスか? うちらみたいに、スコアしかない、空っぽの人間になっちまうかもしれないじゃないスか? そうなったら、責任取れるんスか? 本来『どう教えるか』を考えるのが、あんたら上層部や教務部の仕事っしょ? それなのに、ただテストや便利フレーズや外国人を用意したりして、『はいどうぞ、あとは頑張って』って、なに仕事をしたつもりになってるんスか? 何にもやってないじゃないスか? 無駄に現場に『負担と混乱』を増やしているだけじゃないスか? それなのに、うちらよりも高い給料貰ってんしょ? そんで自分らは勉強するつもりないじゃないスか? 散々うちら下っ端に指示だけ出しておいて、奴隷のように働かせて、プライベートの時間も使っているのを知っているくせに見てないフリして、フカフカのソファにふんぞり返りながら結果だけ追わせて、上がってきたスコアだけ見て、できてなかったら『根性がねえな』とか『あいつ、いつまでもつかな』って、上層部同士でヘラヘラ笑ってるんでしょ? くっだらねえ。これじゃあ、前の職場と変わんねえよ。クソばっかだな」

「てっ、てっ、てめえ、桜井! き、貴様、じ、自分が言ってることが分かってんのか? か、か、解雇だ! お前なんか!」

「いいよ、辞めてやるよ、こんなクソみてえな会社。どうせこんなことやらされてたら、いずれは辞める運命だったんだからな。早いほうが清々するぜ。今日で完全に愛想が尽きた。こんな塾に通う子供だって、可哀想で仕方ねーぜ」

「きっ、貴様! こっ、これ以上、喋るなぁ!」

「スコアがどうとか資格がどうとか、国内だけで英語を語ってんじゃねーよ。子供や社員に英語を使って、どうさせてーのか、しっかりビジョンを持ってから、教育語りなよ。せめて塾会社のトップで働いてんならな」

そう言って桜井くんは、自分の荷物を乱暴にカバンに詰め込んで、ガタリと立ち上がった。

そして去り際、私に向かって小さな声で、「あばよ」と微笑み、颯爽と研修室を後にした。

私を含め、恐らくその場にいたスタッフ全員が、心からスカッとした気持ちになっていたはずだ。「よく、俺らの気持ちを『言葉』にしてくれた。ありがとう、桜井。そして『あばよ』」、と。中には、目を潤ませているスタッフもいた。

そして私はもう、桜井くんとは二度と会わないんだろうな、というぼんやりとした予感を抱いていた。これ以上にない、桜井くんらしい、「美しい別れ」だった。そして、ほんのりと残された柑橘系の匂いが、もう二度と嗅げないのかと思うと、抱き締めたいくらいに愛おしくなった。

こうして、微妙な空気に包まれた研修室だったが、黒川さんが、

「さあさあ。今のは何にも気にしないでおきましょう。ただ単に、あいつは研修をやりたくなかっただけなんですよ。ああいうのをね、社会では『ただの根性なし』って言うんです。どうせどこに勤めたところで、すぐに辞めるでしょうね」

と、わざと淡々とした声でその場を収拾し、上層部同士でヘラヘラと笑い合った。

しかし、私は先ほどの桜井くんの、「できてなかったら『根性がねえな』とか『あいつ、いつまでもつかな』って、上層部同士でヘラヘラ笑ってるんでしょ?」という言葉を思い出していた。もう、正にその通りの図式だった。

「さて、それでは、今日もいつも通り、『昌和』で締めたいと思います。一同起立!」

黒川さんの声で、私たち社員は、まるで軍隊のようにガタリと立ち上がった。

「昌和! 一つ、私たちは子供たちに、最高の教育サービスを提供し、光溢れる人生を提供します! 一つ、私たちはー」

こうやって研修終わりに、笑顔で一斉に社訓を叫ぶ「昌和」締めが、この会社のルールだ。

しかし、私は声を張りながら、自分の耳に、「日本語の抜け殻」だけが、虚しく響いてきた。そうだ、空っぽだ、これは。桜井くんの言葉に比べたら、中身が、何にもない。言葉が、言葉じゃない。自分が、自分じゃない。人形やロボットと一緒だ、私は。そう思うと、悔しくて涙が出そうになった。

(次回「12、彼の名は」に続く)

日本人が学んできた「英語」とは何だったのか?


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