英語を日本語の音に切り替えず、そのまま理解する
金沢優、3年ぶりの新作「もしなる2」連載中!

「もしなる2」第1部10章.パラレルワールド・シンドローム

10、パラレルワールド・シンドローム

「よっちゃん、今日は遅いね」

あれから2週間が経ち、私と菜純ちゃんは、四葉の到着を待っていた。もう授業開始から、15分は経っている。

期末テストは先週で、今日はそれから一回目の授業である。順当ならば、今日、四葉は答案用紙を持ってくるはずだ。そのため、私は朝からソワソワしていた。もうここまで来ると、母親にでもなった気分である。

「何点だったかなあ、よっちゃん」

どうやらそれは菜純ちゃんも同じだったようで、珍しく勉強が手についていなかった。一年も一緒に勉強をしていると、もう「お姉ちゃん」のような存在なのだろう。

また、最近だが、どうやら菜純ちゃんに「好きな男の子」ができたようである。そして、その相談を四葉にしていると聞いて、なんだか微笑ましくなった。菜純ちゃんは一人っ子なので、今までこんなお姉ちゃんが欲しかったに違いない。

「雨に濡れてないかなあ、よっちゃん」

その言葉で、私は外を見た。そう、今日は朝からずっと小雨で、一日中ジトジトしている。

もしかして、こちらに向かう途中で、何かあったんじゃないだろうか。視界の悪い外を見ていると、段々と不安になってきた。

その時だ。

「由璃先生、ちーちゃんから何か連絡受けてないですか?」

後ろを振り返ると、大学生アルバイトの宮田くんが、ちーちゃんの生徒ファイルを持って立っていた。

「あれ? ちーちゃんもまだ来てないの?」

「あれ? じゃあ、四葉も来てないんスか?」

どうやら、今日は別の教室で受けているはずの、ちーちゃんもまだ来ていないらしい。そして、ちーちゃんの担当の宮田くんが、遅刻や欠席の連絡を受けていないか、私に尋ねに来たのだ。

「ちーちゃんが連絡もなく、遅れることって珍しいッスね」

確かに。いつも何かあれば必ず連絡があるのに、今日はどうしたのだろう。

しかし、同じクラスの四葉もまだ来ていないので、恐らく二人は今、一緒にこちらに向かっているのだろう。

「ちーちゃん、多分今日、英語のテストを持ってくると思うんで、自分、朝から落ち着かないんスよね」

そう言う宮田くんは、生徒想いのいい先生である。こういう先生に教わると、学力は自然と伸びていく。宮田くんは、私が信頼を置く先生の一人だ。

すると、次の瞬間だ。バタンと玄関のドアが開き、雨に濡れた四葉とちーちゃんが、ハアハアと息を切らしながら、教室に駆け込んできた。

「ゴ、ゴメン、由璃ネエ、くっそ遅れた」

「どうしたの、四葉? こんなに遅れて。ちーちゃんも」

ふと私はその時、四葉の膝から血が流れているのに気付いた。

「四葉、どうしたの、その足? 血が出ているじゃない?」

「さっき、来る途中、チャリで転んだ。でも、そんなん、どうでもええねん。マジであいつ、クッソ腹立つ!」

「あいつ? 誰のこと?」

「そんなん、エリートに決まっとるやろが! ほら、ちーちゃん、期末の答案、みんなに見せえや!」

「よっちゃん、もういいって。どうせ結果は変わらないんだから」

その時私は、ちーちゃんの異変に気づいた。そう、「泣いた後」の顔だったのだ。

それでも四葉はちーちゃんのカバンから、強引に答案用紙を取り出し、机の上にバンと広げた。右下の点数部分が何重にも固く三角形で折られてあったが、それがめくれた瞬間、私はビックリした。

「え! 74点って・・・ち、ちーちゃんが?」

「おい、マジかよ!」

私に続いて、宮田くんも大きな声を出した。そう、ちーちゃんの英語はいつも90点台だ。信じられない。一体、何があったというのだ。

「実はその日、体調が悪くて・・・」

「それだけやないやろ? あんなん、エリートのせいやん!」

気が付くと、教室全体がザワザワとこちらを見ていたので、私は二人を落ち着かせて、まずは四葉の傷の手当てをし、何があったのか、初めから全部聞いた。

事の顛末はこうだった。テスト当日、具合が悪かったちーちゃんは、英語のテストの時間に、トイレに行きたくなったようなのだ。そして本来なら、試験監督の先生が付き添わないといけなかったが、ちょうどその時の担当は、新卒の男の先生だったらしい。

どうすればいいかアタフタしているのを見て、四葉が「うちがトイレまで連れて行く。あんたはここで黙って試験監督しとれ、新人」とその場を仕切り、ちーちゃんを連れ出したそうだ。友達想いで男勝りな、四葉らしい行動だ。

しかし、そのタイミングが最悪だったようだ。というのも、四葉らと入れ違いに、テストを作成したエリート先生が教室に入ってきて、解答の注意事項を生徒たちに伝えたのである。

そしてそれは、「今回から受験本番を意識して、日本語の文章で答えるところは、しっかりと句点を入れること。そして、日本語として間違っているところも、厳しく減点する」というものだったらしい。

こうして、トイレから入れ違いで戻ってきた四葉とちーちゃんは、その注意事項を知らずに問題を解き進め、句点などで減点された、という経緯だった。

「だからほら、うちのテスト、見てみい」

四葉が広げた答案用紙を見て、私はまたビックリした。

「え! 40点?」

肩の力が一気に抜けた。そんな、40点って・・・最近、どれだけ悪くても、50点のラインだけは絶対に割ることはなかったのに。

「でも、別にうちはええねん。受験のためにやってん、ちゃうからな。でも、ちーちゃんはちゃうねん。これで、通信簿の数字が変わって、行ける高校が左右されんねん。うち、猛抗議したったわ! そんなんうちら、テストの時に聞いとらんて」

「そうしたら、エリート先生は何て?」

「その場にいなかったお前たちが悪いって・・・体調管理もテストの一環だって」

ちーちゃんが泣きそうな声で言った。

「マジかよ・・・そんなの、アンフェアじゃん」

宮田くんが、怒りまじりに呟いた。

「試験監督の先生からは、戻った後に、何も聞かされなかったの?」

「あの新人、抜けとんねん。完全に忘れとったみたいや」

酷い。これは絶対に学校側の不備だ。その場にいなかった生徒に、注意事項がしっかりと伝達されていなかったのだから。

しかし、向こうとしても、事を荒立てたくなかったに違いない。「体調管理不足」で、何とか押し切ろうとしたのだ。組織に属する大人は、いつだって汚い。

「でも、これだけは絶対に納得できへん。答え、合っとるやん!」

そう言って、四葉は解答用紙の、ある部分を指差した。見ると、それは単語の日本語訳を答える問題だった。そして、解答欄に書かれた「右」という答えがバツになっていた。そして、ちーちゃんもそう書いて、バツだったらしい。

私は問題用紙を確かめた。するとそこには、「right」とあった。

「あれ? これ、合ってんじゃねーの? 『right』は『右』だろ?」

私もそう思った。どうしてバツなの?

「・・・教科書に出てきた『right』は、『正しい』って意味だったから、らしくて」

「はあ? どういうこと?」

「その・・・『right』の日本語訳っていっぱいありますよね? 『権利』とか『適切な』とか」

それを聞いて、宮田くんは持っていた電子辞書を取り出し、「right」を引いた。すると、そこには日本語訳がズラリと載っていた。

もちろん私も「right」には沢山の日本語訳があるのは知っていたが、やはり多い。これは1ページ目だが、まだもう1ページ残っていた。こういう、「日本語訳が沢山ある単語」は、本当に苦手だ。

「だから、何でもOKにしたら、答えが無数になっちゃうから、『試験範囲の教科書に出てきたrightの意味』を答えないといけなかったらしくて。そして、それも注意事項で言ったみたいで・・・」

そんな。そういったものも含めて、何も伝わっていなかったのか。

「だからうち、めっちゃ抗議したってん。聞いとらんし、それに『右』でも合うとるやろって。でもアイツ、全然考え曲げへん。そんなん、試験範囲をしっかり勉強しとったら、真っ先に『正しい』が出るやろって」

「ひっでえなあ・・・『右』でもいいじゃんかよ」

うん、確かにひどい。ただ、ほんの少しだけ、エリート先生の気持ちも分からなくもない。そう、ここの「right」の意味を、ちーちゃんが言うように「何でもOK」としてしまうと、問題が作れなくなるのだ。「どれか一つ」に絞らないと。

しかし、その時だ。ふと私の心の中に、何かが引っかかった。

そう、私たちの塾でも毎回、子供たちに単語テストをしているが、その解答も「たった一つ」にしている。「どれか一つを書け」とは、なっていないのだ。

また私の中で、モワッと黒い煙が吹き上がった。そうだ、私たちが毎日している指導も、結局このテストと何ら変わりがないではないか。新しく出てきた単語の日本語訳を、一つずつ覚えさせている。それは別にいいのだろうか。

そうやって私がモヤモヤとしている間、宮田くんはちーちゃんを連れて、自分たちの席へと戻っていった。

うん、やはりここに何か「違和感」がある。私はそれについて深く考えたかったが、ひとまず今は授業中なので、四葉と一緒にテストを振り返ることにした。どうして、40点にまで下がってしまったのか。

ざっと見ると、至る所に「減点」の三角印がついていた。基本的に四葉は句点を書かないので、英文和訳問題は軒並み減点されていた。

そして、その他にも「てにをは」が間違っていたり、『museum』の日本語訳の『博物館』の『博』の字の右上に、点を打ち忘れていたりしていた。折角頑張って漢字で書いたのに、勿体ない限りである。

「なあ、由璃ネエ。思うんやけどな、こんなん、別にどうでもええやん。だって英語やで? 英語に句点や漢字があるかいな。もしも英語の文章を書いて、ピリオドがなくてバツになるんは、さすがにうちでも納得するで? あと、大文字やなくて小文字やったとか、スペルが間違うとるとか。そんな減点なら、潔く受け入れるわ。でも英語やで?」

「うーん・・・でも、仕方ないかも。日本語だったら、やっぱり句点とか漢字の知識は必要だし」

「何や? 由璃ネエまで、エリートの肩を持つんか?」

「いや、別に肩を持つわけじゃないけど・・・実際、入試で句点とか漢字のミスで減点されるくらいなら、今の内に厳しくしておきたい、というエリート先生の気持ちも分からなくもないかなって」

うん、厳しいが、これも「親心の一環」かもしれない。

「そんなん、別にどうでもええねん、入試なんて。どうせうち、倍率も1倍切っとるようなところしか受けへんからな。答えに『おそ松さん』描いても、きっと受かんねん」

「ちょ、ちょっと、やめてよね、そんな大冒険」

そう、四葉なら、本当にやりそうで怖い。

「でも、うちが英語を勉強してるんは、将来、英語を話せるようになりたいからやねん。っていうか、そのためにうちらはみんな、英語を勉強してんねやろ? そんなら、『句点がある、ない』『漢字が書ける、書けない』が何になんねん? 関係ないやん。『先生、句点打つの忘れたから、漢字が上手く書けなかったから、英語話せませんでした』変やろ? これ」

確かに四葉の言う通りなのかもしれないが、入試は入試である。そして、多くの日本人は、まずは「入試のため」に英語を習っている。だからここはひとまず、既存のルールに従うべきだろう。

しかし、そう割り切っている自分に、何とも言えない「違和感」を覚える。何なんだろう、これは。

「ほら、見てみい。これも減点やなくて、バツやで? ありえへんわ」

私は、四葉が指さしたところを見た。それは、「下線部の『them』に当たるものを書け」という問題だった。

そして、四葉の答えは「えんぴつ4ぼん」だった。平仮名だったが、答えはそれで合っていたらしい。

しかし、「ぴ」の字が汚くて、「び」に見えたから、点を引かれたようだ。うーん、厳しい。

「ほんでな、うち、『ぼん』で書いてるやろ? 『よんぼん』はエリートの奴、おかしい言うねん。書くなら、『よんほん』やて」

「えんぴつよんぼん、えんぴつよんぼん・・・」

私は自分で何度か言ってみて、それが不自然かどうか確かめた。うん、確かに『えんぴつよんぼん』は、おかしいかも。「言ったことがない」。

こうして、先程の『ぴ』と『ぼ』の合わせ技で、減点ではなく、バツになったようだ。折角「them」が何を示すか分かっていたのに、「字の汚さ」や「数え方の間違い」でバツになるなんて、可哀想すぎる。

「何やねん、『合わせ技』って。うち、柔道やってんちゃうで? 英語やで?」

ドンと四葉は机を叩いた。うん、確かにその気持ちは分かる。分かるが、やはりこれは仕方ないのかもしれない。

「ねえ、よっちゃん、こっちは? ちゃんと『まる』がついているよ」

今度は菜純ちゃんが聞いた。いつの間にか、一緒になって答案を見ていたようだ。

そして、その指差したところを見ると、確かにそこには奇跡的に句点がついていたが、減点されていた。

それは、「My sister read me a book.」という英文の和訳問題だった。そして四葉は、「姉は私に本を読んでくれた。」と書いてあった。漢字だって、間違ってはいない。

「ああ、それな。『姉、もしくは妹』って書かんといけんかったらしい」

「あ、そういうことか。そっか、厳しいね。それも減点なんだ」

そう、「sister」は「姉、もしくは妹」だ。いつも思うが、混乱しないのだろうか、英語圏では。

「でも由璃ネエ、考えてみい? 妹が姉に本を読むことなんて、あるかいな」

私は「え?」と、声が裏返った。

「だって、聞いたことあらへんで。姉が妹に、ならあるやろ。妹はまだ字が読めへんパターンや。でも普通、妹は姉に本は読まへんで。どういうシチュエーションやねん。もしもうちが姉やったら、邪魔でしゃーないわ。『向こう行って、一人で読んどれ。何でうちに本を読み聞かすねん、ボケ』言うわ」

「・・・そんなこと、考えたこともなかった」

「何でや。普通、真っ先に思うやん。それなんにエリートの奴、『sister』は『姉、もしくは妹』やって、一歩も譲らへん」

何だか別の角度から、ポカリと頭を殴られたような気がした。というのも、今までの英語勉強の中で、そんな発想を、一度たりともしたことがなかったからだ。ただ、書いてある大量の英語の文字を、機械のように高速に訳して、マルをもらってきた。

でも、確かに四葉の言う通りだ。妹は姉に本は読まない。ありえない。

何だろう、皮膚の内側がゾワゾワとしてきた。何かここに、「国家レベルで大事な忘れ物をしている」ような気がした。

そして、次に私が引っ掛かったのは、「Some people speak English in Japan.」という文章の和訳問題だった。四葉はそれを、「いくつかの人々が日本で英語をはなす」と書いていた。もちろん、句点がなくて減点だったが、解答部分にも点が引かれてあった。

「日本語として、変やて。おい熊田。お前、今まで『いくつかの人々が』、って言ったことがあるか? ないだろ? じゃあ、おかしいって」

「え? そんなこと言われたの?」

「そうや。でも『some』は『いくつかの』やろ? ほんで『people』は『人々』やん。ほんなら二つ合わせて、『いくつかの人々』やん。ええやん、それで。そう習ったんやから。単語帳にもそう書いてあったやん。単語テストでもマルくれたやん」

確かに言い分はよく分かる。そして、四葉に「訳し方のスキル」まで求めるのは、少し酷だ。そう、彼女は日本語に訳すだけでも、精一杯なのだから。

ちなみにこの場合、「some people」は「~する人たちがいる」と訳せば、綺麗な日本語訳になる。そのため、「Some people speak English in Japan.」は「日本には英語を話す人たちがいます。」と後ろから綺麗に並び替えて、主語をボカせば、恐らく満点だったはずだ。

そしてこの訳し方は、私たちの塾に出回っている『聖典』にも載っていた。もちろん、四葉にもテスト前に教えておきたかったが、そこまでは必要がないと思い、スルーしてしまった。しまった、こんなことなら、そこまで徹底しておくべきだった。

「やっぱり日本語のことで減点されるんは、どうしても納得いかへん」

「でも・・・やっぱり日本語として自然なものを書いて欲しいと思ったから、じゃないかな? だから、エリート先生だって、きっと困ったと思うよ」

「ハン、由璃ネエはエリートのことを、何も知らんからそう言うんや。あいつは普通の生物とはちゃうで? 間違いを見つけたら、ヨダレ垂らして喜んでバツを付ける、生まれながらのド変態や。間違いは、ご馳走と変わらん。だから、うちの答案なんか、メインディッシュや。絶対、ラストにとってんねん」

うーん、さすがにそれは言い過ぎな気もしたが、これまでの話を聞いていると、あながち100%嘘でもなさそうだ。四葉の性格上、もしかしてクラスの中でも、標的にされているのかもしれない。

「ねえねえ、よっちゃん。これは? 『彼はサルをぬすみました』って」

菜純ちゃんがまた、解答欄のある部分を指差した。うん、確かにそう書いてある。何だ、これ。

「それか。それは『money』と『monkey』のスペルを見間違えた。『サル』やなくて『金』やった。完全に引っ掛かったわ」

菜純ちゃんが、プッと吹き出した。

「あ、あのさ、四葉・・・普通に考えたら、サルは盗まないでしょ?」

「橋本環奈みたいなサルをイメージしてもうた」

キャッキャッと菜純ちゃんが笑った。うん、笑うよね、そりゃ。

「あ、あと由璃ネエ、ここ教えてくれんか? 何でこれがバツやねん」

四葉は最後の問題を指差した。それは「私には1人のおじさんがいます」という、英作文の問題だった。

「『~がいる、ある』は確か、『There is~』やったやろ? ほんなら、おじさんが1人おったら、『There is one my uncle.』で、何でダメやねん?」

「えっと、この場合の『いる』はね、『have』を使うの」

「はあ? 何でや。『have』は『持つ』やろ? 『いる、ある』ちゃうやん」

「いや、でも、『have』には、そういう意味もあって」

「でも『There is~』は由璃ネエ、『いる、ある』の意味やって言うたやん」

「でもこの場合はほら、おじさんでしょ?」

「な、何やねん、それ。じゃあ、おばさんとか、おばあさんとか、おばさんみたいなおじいさんとか、一個一個ちゃうんか?」

「い、いや、それは一緒だと思うけど・・・」

途端に私は、自分の英語が不安になってきた。そうだ、これだ。いつも私が英作文でやられてしまうのは。日本語から英語に切り替える時に、グニャリと言葉が歪んでしまうのだ。

ちなみに私たちは学校で「there is~=~がいる、ある」と習う。俗に言う、「ゼアリズ構文」というものだ。しかし、姉妹などがいる場合は「there is~」ではなく、「I have a sister.」のように、「have」を使って表す。そう、同じ「~がいる、ある」でも、状況によって、臨機応変に変えていかなくてはいけないのだ。

ただ問題は、まだまだ例外が沢山あるということだ。例えば「東京ディズニーランドは千葉にあります」という文章を、「There is Tokyo Disney Land in Chiba.」にしてしまうと、おかしい英語になるのだ。

というのもそれは、「There is~」に続くものは、「the」などがつく名詞や固有名詞などは、文法上、入れられないからである。そう、使えるのは、「a」などがつく、不特定なものに限られる。そのためこの場合は、「Tokyo Disney Land is in Chiba.」にしないといけない。

そう、これが「英作文の苦しみ」である。「There is~=~がある」と覚えて、そこから日本語感覚で英語を紡ごうとすると、ネイティブにとって「おかしな英文」が沢山生まれてしまうのだ。日本語の常識が、英語に全く通用しないというか。ことごとく攻撃が跳ね返されてしまう。「それは実はこうだよ、ネイティブはこうやって使っているよ」という、斜めからの攻撃が飛んでくるのだ。

加えて、だ。英作文だと、自分でもその不自然さに気付けないのだ。今の四葉のように、絶えず間違え続けてしまう。そして、何度も何度もやり直す。

その時、私はハッとした。この子ももう、ダンジョンで彷徨い始めているのではないだろうか。

「もう・・・一体、どうなってんねん、英語って」

グデーッと机につっ伏している四葉を見ながら、私は心臓の鼓動が速くなるのを感じた。このままでは、この子は危ない。私のように、「亡霊」になってしまう。いや、この子の場合、もっと「悲惨な目」に遭うかもしれない。

しかし、だ。だからと言って、私にはどうしようもできない。そう、助ける方法が全く分からないのだ。私自身もここから脱け出せず、苦しんでいる。

ー「それよりかはまず、しっかり英語を読み書きできることの方が大切です。だから、別に今のままで、何の問題もないんです」

ふと、笠原さんの言葉を思い出した。

ひとまず笠原さんが言うように、このまま突き通せばいいのだろうか。

もちろん、そちらの方が、遥かに楽だ。いや、でもそうすると、四葉は将来、ー

ー考えていた、その時だ。くるりと四葉がこちらを向いて、こう言った。

なー、由璃ネエ。何でうち、英語ができへんのやろ?」

「え・・・」

思考が一瞬、ストップした。

「今度こそ70点いける、思うたんにな。徹夜もしたし。何でうち、みんなみたいに点が取れへんのやろ?」

「・・・」

私はもう一度、四葉の答案用紙を見返した。うん、それに関しては、もう、これしかない。

「・・・ねえ、四葉。今回の『国語』のテスト、返ってきた?」

「はあ? 国語? 何でや? 今、英語の話やろ? 関係ないやん」

「いいから答えて。返ってきた? そして、何点だった?」

声が少し大きくなってしまい、四葉は怪訝な表情をしたが、

「・・・うーんと、確か27点やったかな? 記号問題、当たりまくったわ」

ーそれだ、やっぱり。私は確信した。

そう、四葉の英語の点数が低いのは、英語力うんぬん以前に、圧倒的な「国語力不足」が足を引っ張っているのだ。

ぼんやりと私は、そのことを伝えると、

「かー・・・英語やる前に、国語かいな。なんか、道がグーンと遠なったわ」

と、四葉は頭を大きく抱えた。

そしてその時、私はまた、笠原さんが言っていたことを思い出した。

ー「そんなものをする前に、まずは『国語力』でしょう。国語ができない子は、揃いも揃って、英語もできません。だからまずは、母国語の基礎をしっかりとやってから、第二外国語を学び始めるべきです」

うん、その通りだ。というのも、国語力がない上に、英語力をどれだけ載せようとしても、そもそもの日本語運用能力や漢字力などの土台があやふやなのだから、結局四葉のように「頭打ち」になってしまうのだ。

そうだ、そもそも英単語や英語表現一つとっても、「それに対応する日本語」を知っていなければ、覚えられようもないではないか。だから、まずは「国語力をしっかりと鍛えること」が、英語の点数アップに繋がるのだ。

「なー、由璃ネエ、うち、将来、英語が話せるようになるんかなあ?」

「え?」

「ほら、いつも言うとるやろ? うち、話せるようになりたいから、こうやって英語を勉強してんねん。でもな、この勉強って、ホンマに『話せる』に繋がっとんのか? 繋がっとらんから、日本人みんな、大人になってから苦労しとるんちゃうんか?」

「! ・・・」

ど真ん中に、ズバンと直球が入ったような気がした。そう、これが以前、私が最終的に辿り着いた結論だった。

結局のところ、日本人は指導者も大人も含めて、「話せる」に向けてのステップが分かっていないのに、英語教育が何十年以上も走り続けているのだ。ここにコンセンサスが、全く取られていない。

そして今、英語教育改革の中で話し合われている内容も、「どんなテストを導入するか」で終わっている。そう、「どうすれば話せるようになるか」ではないのだ。

そして何よりも、塾で子供に毎日英語を教え続けている私自身が、何一つ解決の糸口を見つけられていない。未だに話せず、こうして苦しみ続けている。しかし、受験指導なら「パーフェクト」にできてしまうのだ。

こうして、「英語を話せる必要がないテスト」目掛けて、子供たちを目一杯走らせ、その後は知らんぷりを決め込んでいるのが、今の指導者や大人たちだ。だからその後で、国家レベルで「英語難民」が生まれていることになっている。そして、ことごとく、落とし穴に滑り落ちている。ここに、光がない。

ーその時だ。

「あ、由璃先生。お外、晴れてきた」

ふと、菜純ちゃんが外を指差した。見ると、いつの間にか暗雲が消え、その隙間から、夕陽がひょっこりと顔を出していた。

その光から、私は以前、Youtubeで見た、例の小学生のことを思い出した。

そうだ、あの男の子は英語がペラペラだった。しかし、それは「国語力がしっかりしていたから」なのだろうか。

しかし、私だって、国語は得意だ。そして、もしも国語のテストがあれば、あのYoutubeの男の子よりも、絶対に点が取れると思う。漢字だって、日本語表現だって、論理の組み立てだって、さすがにどんな天才小学生にも負けない自信がある。というのもそれは、長年、日本語を「聞き、話し、読み、書き」、培ってきたからだ。ここには揺るぎない、「経験」がある。

ただ、英語を「聞く・話す」に関しては、私よりもあの子の方が断然、上だった。もう、ボロ負けだった。

ということは、だ。つまり、「私たちが今まで頑張ってきた英語」と「聞く・話す英語」の二つが、パラレルに(平行して)存在しているということだろうか?

何だか、目の前の視界がグニャリと歪んだような気がした。そうだ、これだ。この「違和感」が解消されない限り、前には進めない気がする。いや、「進んでもいけない」ような気もする。進めば進むほど、迷宮の中に飲み込まれそうだ。

「どうしたんや、由璃ネエ。深刻な顔して。また便秘か?」

そうだ、それに、だ。もしも「国語力」が英語で必要なのであれば、英語圏の子供はどうなのだろう。彼らには「国語力」が備わっているのだろうか。いや、そんなわけがない。彼らは、日本語を全く知らない。知っていたところで、「sushi」とか「ninja」とか、そんなレベルだ。

しかし、それでも彼らは、ペラペラと英語を話しているではないか。たとえ5歳児でも、だ。と言うことはつまり、英語を「話す・聞く」には、「国語力は一切要らない」ことになる。

それなのに、だ。四葉の英語のテストは、「国語力不足」で減点をもらっているのだ。やっぱり、何かがおかしい。

なんだか、「あの男の子が使っていた英語」と「この答案用紙の上で展開されている英語」が、「全くの別の生き物」のような気がして、私の中でドス黒い煙が、火山のようにモウモウと噴き上がった。

やはり自分でも気付いていない、奥の深いところで、大きな「違和感」がある。何だか「地層レベル」から、ズレているような。そして、そこに私が「英語を話せない原因」も眠っているような気もする。しかし、それが何なのか、全く見えない。

私はもう一度、四葉の減点だらけの答案を見返した。

 ー何だ、これ。

(次回「11、熱狂と興奮」に続く)

日本人が学んできた「英語」とは何だったのか?


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