日本語に切り替えず、英語のまま理解する
金沢優、3年ぶりの新作「もしなる2」連載中!

「もしなる2」第4部2章.「音の突然変異」

2、「音の突然変異」

「藤川ひとみです、私」

詳しく聞くと、藤川さんは4年前にあの教室に出会い、一度は休会したが、去年から再び通い始めたらしい。

「だから、実質2年半くらいかな、あそこに通って」

「どうして一回、辞められたんですか?」

「色々あって。プライベートとか仕事とか。転職もあったし。時間が全然取れなくて」

聞くとどうやら、今は事務の仕事をしていて、職場でも英語は全く使わないらしい。

「その点、この子は本当にいいなあって。時間だって沢山あるし、一旦好きになったら、朝起きてから夜寝るまで、ずっとやっているんだもん」

そう言って、藤川さんは真希ちゃんの頭を優しく撫でた。

「The big rocket is going up…」

絵本を小声で読んでいる真希ちゃんは、時間も忘れて、物語に没頭している。

そしてふと私は思った。もちろん私も英語が好きだが、こんなに目を輝かせることは、絶対にできないだろう。日々忙しいので、時間だってすぐに気にしてしまう。そして今やっているTOEICや英会話の勉強は、もはや「苦痛」でしかない。

本当に、なぜなんだろう。なぜ学生時代、「あんなに好きだった英語」が、最後は「苦しみの花」を咲かせてしまうのだろう。本来、もっと楽しくて綺麗な、「大輪の花」が咲くはずではなかっただろうか。

私は真希ちゃんの目を見ていると、心の底から羨ましくなってきた。

「本当は私自身、英語が話せるようになって、色々教えていきたいと思っていたんだけどね。でも、やっぱり自分の力だけじゃ、どうしても無理だって分かっちゃって」

「無理、ですか?」

「うん。自分じゃ発音は教えられないし、分からないこともいっぱいあるし。だったら、真希も一緒に通わせたらどうかな、って。そうしたら、有紀君も『親子割』っていうのを新しく作ってくれて」

そう言って、藤川さんは、ペロッと舌を出した。

ふと私は何歳なんだろう、と思っていたら、自分から40歳だと教えてくれた。ビックリ。もっと若く見えたからだ。

「バツイチなの。だから本当は高い教材とか買ってあげたいんだけど、ちょっと経済的に難しくて。でも、あそこだったらほら、本やDVDとかも貸し出してくれるでしょ?」

確かにあの教室は、貸し出しの素材は揃っていた。

「私ね、絵本とかは簡単に読めちゃうと思ってたの。でも違った。受験にも出てこなかった単語がいっぱいだし、前置詞とかも自然に組み込まれてて、逆に結構難しいのよねー」

そう言って藤川さんは、持っていたパラパラと絵本をめくった。どうやら藤川さんも、真希ちゃんと同じレベルの絵本を読んでいるらしい。

「じゃあ、藤川さんはまだ、英語がペラペラじゃないんですか?」

聞いた瞬間、「あっ」となった。そうだ、「ペラペラ」という言葉は、有紀さんが嫌う言葉だったからだ。すると、藤川さんはそれを察したのだろう、

「大丈夫よ、『ペラペラ』って使っても。私だってすぐに出ちゃうんだから。『ペラペラになりたいなあ』とか『ペラペラなんですか?』って。でもね、これはもう、『条件反射』だと思うの」

「条件反射、ですか?」

「うん。この切り返しを日本人はずーっとやってきたの。それは『ただいま、おかえり』みたいな感じかな」

言われてみれば、そのレベルで口にしてきたのかもしれない。

「結局、言葉ってさ、口を動かして使うものでしょ? つまり、口の筋肉ね。だから、運動と一緒。手を動かしてタイピングする、足を使ってリフティングする、口を使って音を出す。これと同じ」

この人・・・色々と考えている。

「ちなみに若松さんは、どうやってタイピングを覚えた?」

「どうやってって・・・タイピングしながら覚えました」

「でしょ? タイプするようになるには、まずは意識的に手を動かして覚えるよね? どこのキーに何があるかを、まずは見て、感覚を付ける。繰り返し繰り返し、手にキーの場所を刷り込む感じかな。脳がいちいち『ここを叩け』って命令を出しているんじゃなくて、もう自然と動くの。そして、こういった『意識的な繰り返しの運動』がいずれ、『無意識の運動』へと切り替わる

「・・・意識的な繰り返しが、無意識に切り替わる・・・」

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(次回「3、ゴルディアスの結び目(仮)に続く)

「英語」という「教科」を、「言葉」に変える


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