日本語に切り替えず、英語のまま理解する
金沢優、3年ぶりの新作「もしなる2」連載中!

「もしなる2」第3部8章.「私たちの日常」

8、「私たちの日常」

誠に物事とは、順風満帆とはいかないものである。そう、私はあの日、これからずっと英語が口から飛び出るようになっていくんじゃないか、と一人でワクワクしていたのだが、結局口から無意識に出てたのは、その一日だけだった。まるで「英語の魔法」が、プツリと解けたような感じだった。

「これは断言しますが、『英語を話せるようになる魔法』なんてものはありません。結局は本人が努力して、数年かけて、口を動かしていくものですから。どんなメソッドや教材をしようが、最終的にはそこに落ち着くはずです。だから、『話せるようになる魔法』は物理的にありえない。しかし、です。僕は『英語を話せるようにならない魔法』の存在だけは信じています」

そう言えば有紀さんは、確かそんなことを言っていた。

恐らく、私の口から英語が無意識に飛び出たのは、あの教室で口頭練習をしたからに違いない。声が枯れるくらい、頑張ったからである。

しかし、なぜそれがたった一日で消えてしまったのか。

その時、ふと思い出すのは、葵ちゃんのセリフだ。

「私、中3の時から、『英語の話者』になることを想定して、毎日音読をしたり、口頭練習をしてきましたから。多分、それが一番大きいと思います」

そう、葵ちゃんは「毎日」と言っていた。それがあの、「自信に満ち溢れていた英語」に繋がっていたような気がする。何というか、付け焼き刃の英語ではなく、音が体に根付いていた。

そしてそれは、あの教室にいた「かっちゃん」という男の子もそうだ。英語が「日本語の代用品」というわけではなく、「英語そのもの」が口から出ていた感じだった。

「つまり、ずっと独り言をしていれば、話者になれます。それこそ毎日数時間を年単位でできれば、確実に上達するでしょうね」

そう言えば、有紀さんも「毎日」という言葉を使っていたような気がする。

「ちゃんと毎日、口は動かしているのか? このお勉強クソバカ野郎め」

そして吉原さんも確か、山崎さんにこんなセリフを言っていた。

ー英語が話せるようになるには、「毎日」口を動かして、音を根付かせないといけないのか。

その瞬間、私は絶望的な気持ちになった。もしも仮にそれが真実だとしたら、一体どうすれば英語を毎日口にできるというのだろう。

もちろん、授業で毎日英語を教えてはいるが、それは全て日本語を使っての解説である。そしてそれをどれだけ続けたところで、「話す能力」に繋がっていかないのは、私の人生の中で証明済みだ。そう、文法が理解できても、それは「話せる」とは別なのだ。日本人が英語を話せない理由の一つに、「文法重視教育」が挙げられるのは、そのせいに違いない。

その時、目の前の電話が鳴り、私は慌てて受話器を取った。

「はい、ヘッドスタートでございます」

ちなみにこの塾では、「3コール以内に電話を取らないといけない」という決まりがある。

ー「あのー・・・すみません、退塾の相談はこちらで大丈夫でしょうか?」

聞いた瞬間、私は「またか」と思った。そう、退塾の電話はこれで今週、7件目である。

ちなみに7月下旬は新しく生徒が入ってくるタイミングだが、それと同時に退塾件数も多くなる。成績が上がらなければ、違う塾の無料講習の体験に行くからだ。

しかし、だからと言って、いくら何でもペースが速すぎる。そして、私が担当する花塚中学の生徒の比率がやけに多い。これは一体、どういうことなのだろう。そして今の電話も、やはり花塚の生徒の保護者からだった。

「何か・・・最近、多いッスね、花塚の退塾」

電話を終えた後、砂ちゃんが慰めるように声を掛けてきた。

「また怒られるかなあ、笠原さんに」

そう、花塚の退塾の責任は全て私にある。ちゃんと学力サポートができていなかったか、コミュニケーションが希薄だったか。そういう分析をしっかりし、一件ごとにレポートを書かないといけない。それに加え、退塾処理や返金処理など、業務がグンと増える。

「フー」と、私は大きなため息をついた。そう、こんな感じではとてもじゃないけど、「毎日口頭練習する」なんて、できそうもない。それは時間もそうだが、何よりも英語への「心の余裕」が取れないのだ。

「社会人になってしまったら、もう自分の生活で精一杯で、英語を勉強する時間なんてなかなか取れません。日々の業務や子育てなどに追われ、学生時代のように、英語に全力投球できないんです」

有紀さんの言葉が、骨の髄にまで響いてくる。本当にその通りだ。

一体私は学生時代、何をやっていたんだろう。あんなに時間に余裕があったのに。

いや、しかしだ。別に私は、怠けていたわけではなかったのだ。英会話スクールにも通ったし、勉強だってした。話せるようになりたくて、出会い系アプリまで使ったのである。その上で、ことごとく「連敗」し続けたのだ。

タイミングよく、パソコンのスクリーンに、以前見た、短期留学の広告が上がってきた。

ー「海外で『使える英語』を数ヶ月で身に付けよう!」

そうだ、こうして日本人は職を辞め、英語しかない環境に飛び込もうと考えるのだろう。英語が「日常」に押し潰されているからだ。

「何で日本人って、こんなに英語に振り回されなきゃいけないんだろうね、本当に」

私は目の前にある、英語プリントを見ながら、深いため息をついた。そう、これだけやっても、「話せる」とはまた別なのである。一体、これは何なんだろう。

「そう言えば今日は四葉ちゃんの日ッスよね。来ますかね、ちゃんと」

その言葉に私は、ハッとした。そうだ、確かに今日は、四葉の授業の日だ。

実は先週、なんと四葉は、無断欠席をした。そしてそれは入塾以来、初めてのことだった。そう、あの子はたとえ体調が悪くても、部活の後でどれだけ疲れていても、授業には必ず来た。台風の中、びしょ濡れで歩いて来た時は、思わず感動して抱き締めたくなった。

それなのに、だ。あの子は先週、何でもない日に、ふいっと休んでしまったのだ。それが私の中では不吉だった。事故にでも遭ったのではないか。その日、本人のケータイに何度電話しても、繋がることはなかった。ちーちゃんもその日は無断欠席だった。

次の瞬間だ。ドアが開き、笠原さんが険しい表情で、私に声を掛けてきた。

「ちょっと今、別室までいいですか?」

何だろう、一体。あの様子じゃ、絶対に怒られる。もうやめて、これ以上、私の日常をかき回さないで。

「え・・・ま、まだ、なんですか、5月分」

そう、話は四葉の授業料のことだった。まだ2ヶ月前の分の授業料が、支払われてないようなのだ。

この問題は、かなりデリケートである。というのも、子供にこの手の話はできない。直接するのは残酷だし、何よりも今後の関係が悪くなる。かと言って、保護者と連絡が取れなくなると、本人に直接話さざるを得ない。

当然ながら、保護者宛に催促の手紙も送っているのだが、滞納する家庭にこの手のアプローチはほぼ意味がない。その次に取る手段は電話連絡になるが、四葉の父親のケータイには、今まで繋がった試しがない。

ー「親父は金を払え、みたいな電話には絶対に出ーへんからな。着信音で気付くんや。だから、授業料のことやったら、直接うちに言うたほうが速いで」

そういうわけで、ここ最近は、全て四葉に尋ねるのが通例となっていた。しかし、やはり子供にお金の話をするのは、いつも気が引けてしまう。そのため、どうしても後回しになってしまったり、流れがちになる。

「父親の方にはちゃんと振り込むよう、連絡しているんですか?」

「あ・・・いえ、その・・・はい、連絡はしているんですけど、その、繋がらなくて」

思わず嘘をついてしまった。そう、いつ掛けても繋がらないので、ここ数ヶ月、電話を掛けたことすらないのだ。

「その代わり・・・四葉本人には伝えているので、そこから父親には伝わっているかと」

「その確認はちゃんと取れているんですね?」

「あ・・・は、はい。そして前回、すぐに振り込むという話だったんですが・・・」

しかし、先週無断欠席をしたため、その確認ができなかったのだ。私は今日の授業時に、必ず確認することを、笠原さんに伝えた。

「何度も言いますが、銀行の手続きをさせてください。自動引き落としにすれば、授業料の滞納は9割方防げます。振込用紙にするから、どうしても人間は支払いが億劫になる」

「は、はい・・・それも、持ってくるように、伝えてはいるんですが」

そう、これも何度もお願いしているのだが、熊田家からは申請用紙が出たことがない。いつだって銀行振り込みか、四葉が直接現金で持ってくる。

ー「自動引き落としとか、とーちゃんは絶対にせーへんで。昔、勝手に引き落とされたことがあって、それ以来、阪神の外国人助っ人並みに信用しとらんのや」

そう。だから、熊田家はいつも授業料滞納の常連となってしまう。

私はそこで話は終わりかと思っていたが、笠原さんは次に四葉の授業のことについて、質問を続けてきた。

「え? もう一教科増やさせる、ですか?」

「ええ。確か今、熊田さんは英語しか受講されていませんよね? いいんですか、それで? 高校は英語だけでは行けませんよ? 先ほど、あの子の学校成績を確認しましたが、英語の点数は着実に上がってきてはいるものの、他は全て30点以下です」

「で・・でも」

そう、四葉は「倍率が1倍を切った高校」を受けるのだ。入れれば、どこだっていい。それが本人の要望であり、父親は四葉以上に興味がない。そう、あの子がここに通っているのは、高校受験のためではなく、「将来英語を話せるようになりたい」からなのである。

しかし、笠原さんにはその理論は全く通用しない。一つでも偏差値が高い高校を目指させるのが、「自分の務め」だと思っている。

そして恐らくだが、中3生にここぞとばかりに受講科目を増やさせ、売り上げを伸ばそうという、本部からの司令だって来ているのだろう。

もちろん、私たちは教育事業に携わってはいるが、一人のビジネスマンでもある。だから、その言い分も分かる。そして今までに何度もその指示を受け、実行に移してきた。偏差値が足りない生徒には、信念を持って授業追加の提案をするのは、自分の仕事だと腹に落ちている。

しかし、だ。だからと言って、すべての生徒に「不必要な営業」をかけるのは、やはり納得がいかない。授業料だって、それなりの値段にもなる。

「今日、本人を説得してみて下さい。本人に『やりたい』と言わせられれば、親はお金を出してくれます。いいですか? 分かりましたね?」

もはや、有無を言わさないような口調だったので、私は渋々「分かりました」と返した。ここで反論しようが、意味はない。それに、四葉に聞けば、一瞬で却下するに違いない。

しかし、恐らく私が不満げだったからだろう、出て行こうとした笠原さんは私を呼び止めて、

「若松さん、ちょっといいですか? 私たちの『企業理念の一つ目』は何でしたっけ?」

「え?」

「言ってみて下さい」

「えと・・・『私たちは子供たちに、最高の教育サービスを提供し、光溢れる人生を提供します』」

「できていますか?」

「え・・・」

「最近、花塚の退塾が続いています。これは明らかに、若松さんが子供たちに未来を見せられていないことを表していますが、その点はどう頭の中で整理しているんですか?」

「そ、それは・・・は、はい」

「ちゃんと分析が出来ていますか? 学校でどんなテストが出されていて、どんな問題が出るのか。ちゃんと生徒から情報を吸い上げて、対策をし、アルバイトの大学生たちにちゃんと指示を出せていますか? それさえしっかりやり切れていれば、退塾なんて防げるはずなんですけど。徹底が弱いんじゃないんですか?」

「す・・・すみません」

そう言われれば、返す言葉がない。

「変ですよ、若松さん。ここ最近。特に英語研修が始まったあたりから。ふわふわしているというか。てっきり先週、英語が口から出てきていましたから、上手くいっていると思ったら、先週の研修結果は酷かったですよね? 筆記試験は合格ラインギリギリだったじゃないですか?」

「そ・・・それは、はい、すみません」

正直なことを言うと、ほぼ何の予習もできていなかったのだ。時間も取れなかったし、何よりも勉強に身が入らなかった。

「あと、教務の黒川さんに意見したそうですよね? あんな研修は意味がないって」

「! ・・・い、いえ! い、意味がない、なんて言っていません!」

「でも『どれだけ資格試験対策をしても、生活に密着したことを言えるようにはならない』とか、『英会話レッスンでは話せるようにならない』とか、言ったそうじゃないですか?」

「! ・・・そ、それは、は、はい。言いました・・・けど」

どうやらあの時の会話は、全て笠原さんに伝わっているようだ。

「言いたいことがあるなら、黒川さんに言う前に、まず私に相談するのが筋でしょう? 一スタッフが教務部のトップにいきなり意見するのは、社会人としてありえないと思いませんか?」

笠原さんの怒りがプスプスと伝わってきた。そう、恐らくだが、笠原さんは自分に何の相談もなく、勝手に黒川さんに意見したことが気に食わないのだ。「直属の上司」としての立場がないからである。

「一体、何を考えているんですか、最近?」

ペンをカチカチと鳴らしながら、笠原さんはギラリと私を睨んだ。その奥に、怒りが溜まりに溜まっているのが分かった。

これはもう、逃げられない。私は「ふー」と息を吐き、

「・・・その・・・いいんでしょうか。今のやり方のまま、英語を教え続けても」

「はあ?」

「その・・・私たちの英語教育のゴールって、英語を聞けて、話せるようになることですよね? だったら、もっと聞いて、もっと口に出したりしないといけないんじゃないでしょうか?」

もしかして、笠原さんにここまで意見をしたのは、初めてのことかもしれない。

しかし、笠原さんは眉間に皺を寄せながら、

「そんなの、受験の後に、本人がやればいいことでしょう? ここでやることではありません。頭は大丈夫ですか?」

「で! でも、私たち、子供たちに英語を教えていますよね?」

「当たり前です。受験科目の一つなんですから」

「で、でも将来、話せるようになりたいから英語を学んでいるんですよね?」

「そんなの、人によりけりでしょう? 誰もが話せるようになりたくて、英語を学んでいるわけじゃありませんよ?」

「でっ! でも、話せるようになったほうがいいじゃないですか、せっかくやるんだったら」

「もちろんですよ。だから、その場合は受験の後に本人が頑張ればいいだけの話です」

「でも、こうして大人になってから、英語を話せずに失敗している人が沢山いるんですよ? それは考えなくてもいいんですか?」

「ハッ、何で私たちがそんな人たちのケアをしないといけないんですか? ここは学習塾ですよ? 英会話スクールじゃないんです。ここに英語を話せるようになりたい社会人が、一人でも通っていますか?」

「そ・・・それは・・・」

「若松さん、あなたは何か勘違いをされていますよ。学習塾はあくまで学習塾なんです。高校や大学に受かるためのものです。であれば、テストでいかに結果を出せるか、が全てでしょう。では、テストのリスニングやスピーキングの比率はどれくらいなんですか? もちろん今後、どちらも比率は上がってくるでしょうが、高校入試を見てみて下さい。ほぼ筆記のみでしょう? そしてここの生徒は、中学生がメインです。だったら今はしっかり、あの子たちに筆記を取らせてあげることが、仕事のど真ん中でしょう。違いますか? 何か矛盾していますか?」

「そ、それは・・・はい、その通りです」

でも、違うのだ。筆記の後ではダメなのだ。後になって、「聞けなくて話せない日本人」が大量に排出されているのだ。

「違う例えをするなら、語学は料理みたいなものです。一度味付けを間違えてしまうと、もう取り返しが付かないんです。間違えた味付けを抜くことは物理的に不可能ですからね。だからこそ、初めのうちに正しい音を習い、『bus』と『bath』を始めっから、区別して入れておかないといけません。まずは文字学習を極めて、音は後でやろう、は語学の順番として、そもそもおかしいんです」

そう、有紀さんもそう言っていたではないか。私は悔しくて悔しくて、涙が出そうになった。

「何なんですか一体、その顔は? 言いたいことが他にもあるんなら、今ここで全部吐き出して下さい」

また笠原さんが、ペンをカチカチとさせた。

ダメだ、ここで引き下がってはいけない。私はもう一度深く息を吐き、

「その、私たちが・・・教えていることは、子供たちに未来を見せられているんでしょうか?」

「え?」

「子供たちは将来、できるんでしょうか。日本語から英語に切り替えて、世界の人たちと会話をすることが。ただでさえ、ここには英語から日本語にできない子がいっぱいいるんですよ? そんな子たちが将来、英語で希望を抱けるんでしょうか?」

思わず四葉の顔が頭に浮かんだ。そう、あの子は受験など関係なく、ただ「英語を話せるようになりたい」から、ここに通っているのだ。それも、厳しい家計の中で、だ。

きっと私はまた反論されると思ったのだが、笠原さんからはため息まじりに、意外な言葉が返ってきた。

「・・・まーた、ですか」

「え? ・・・また?」

「いや、数年前にも、若松さんと、全く同じことを私に言ったスタッフが一人いましてね」

「! ・・・」

きっと有紀さんのことだ。そう、有紀さんもここに辿り着いたのだ。そして、笠原さんと衝突し、ここを去ったのだ。

「まあ、今はどこで何をやっているのか、分かりませんけどね。あの根性なしは」

こっ! 根性なし・・・?

「理想だけじゃ、ご飯は食べてはいけませんよ? もちろん、今は変わりつつありますが、やはり日本はまだまだ『学歴社会』なんです。どこの学校を出たか、で人生が決まるんです。そしてその入学試験のど真ん中に、英語があるんです。そしてその出題形式が現行のままである以上、ここで変革を考えてはいけないんです。それは私たちがやる仕事じゃない。文科省や学校の先生に任しておきなさい」

ダメなのだ。その文科省自体が、迷走を続けているのだ。政策だって二転三転しているではないか。彼らは英語教育が失敗しても、責任を負わない。人体実験を繰り返しているのと、何ら変わらない。

そして学校の先生だって、「彼らの指示」を待っているだけなのだ。そして受験が終わった後は、知らんぷりを決め込んでいる。こんなにも英語が話せずに苦しんでいる日本人が、大量に溢れているのに。書店にやり直し教材がズラリと並び、詐欺教材だって蔓延しているのに。

そう、どちらも何十年以上も、ずーっと無言を貫き続けている。彼らは定年まで無難に勤めあげ、逃げ切ろうとしている。だからこうして、日本には英語難民が溢れ続けているのだ。そして、もちろん私もその一人だ。英語を話せるようになるには、どうすればいいのか分からない。そんな、そんな「馬鹿げたこと」があるか。

「いいか、『真実』を見ろ。決して、周りに流されるな。流されれば流されるほど、多くの日本人のように、英語が話せないという、馬鹿げたことになるぞ。鳥は翼があれば飛べるように、人間なら誰だって、話せるんだ。口さえあればな。たとえ何語であろうが、努力さえすれば、時間さえかければ、誰だって話せるようになるんだ。そもそも言語とは、『上手いか、下手か』だ。『話せるか、話せないか』ではない。少なくとも、中高で6年もやっているなら、尚更だ。だから、『英語が話せない』なんてくだらない茶番は、もうこの時代でケリをつけろ。少なくとも今、子供たちのために働いてんならな」

「そんな社会の仕組みも分からず、自分の考えを押し通そうとする者は、ハッキリ言って『甘ちゃん』です。この業界で生きてなんていけません。競争のない職種にさっさと転職した方がいい」

私はグッと拳を握った。恐らく有紀さんも数年前、笠原さんに同じことを言われたのだろう。

「そして、若松さんもそんな基本的なことが分からないような赤ちゃんなんだったら、いつ辞めてもらっても結構ですよ? どうせあの根性なしみたいに、いつか辞めるんですから。私だって新しい業務を教えて、育成する手間が省けるというものです」

「! ・・・」

な、何も、そこまで言わなくてもいいではないか。私はただ、生徒の将来を思って、そして私のようになって欲しくないから、ここまで考えているんじゃないか。企業理念に沿っているのは、絶対に、絶対に私の方だ。

「しかし、お給料を貰っている以上は、しっかりと仕事はして下さいね。今日、熊田さんからしっかり授業料の確認をし、数学も増やすよう、提案をする。そして授業後は、退塾が増えていることに対しての分析をする。もちろん、空いた時間は英語の研修の準備をする。これが今、あなたに割り振られた仕事です。分かりましたか?」

「・・・」

「返事は? 分かられたんですか?」

「・・・はい」

私は俯きながら、小さい声で返事をした。この瞬間、私の中で何かが「プチッ」と、音を立てて潰れたような気がした。

(次回「9、小さなSOSに続く)

「英語」という「教科」を、「言葉」に変える


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