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金沢優、3年ぶりの新作「もしなる2」連載中!

「もしなる2」第3部7章.「ついに溢れ出た英語」

7、「ついに溢れ出た英語」

その次の日、私は少し遅めに出社した。というのも、昨日は「熱っぽい」と嘘をついて授業をサボってしまったわけなので、具合の悪さを引きずった方がリアリティが増すと思ったのだ。姑息な考えで、我ながら自分のことが嫌になる。

スタッフルームに入ると、案の定、笠原さんと砂ちゃんはもう出社しており、本日の授業についての打ち合わせをしていた。

「あ、おはようございます、若松さん! もう大丈夫なんスか、体調」

心配そうな顔で、砂ちゃんが声を掛けてきた。私の嘘を心の底から信じているから、ますます申し訳なくなる。

「あ、うん・・・ありがとう、大丈夫」

私はマスク越しに、かすれた声で返した。

そしてその後、すぐに私は笠原さんの前に行き、早退の件について謝罪した。昨日、電話で直接謝ってはいるのだが、笠原さんはとにかく体調不良による早退や欠勤を嫌う。ここは丁重に頭を下げて謝っておかないと、今後もずっとネチネチと言われそうだ。

「しっかりして下さいね。声だって、まだ本調子ではなさそうですし。今日はずっとマスクをして、生徒には絶対に移さないように。クレームに発展すると、後で困ります」

手厳しいが、確かにその通りだ。

すると砂ちゃんが、

「あ、そう言えば若松さん。先月の模試結果ってどこに行ったか、分かりますか? ずっと探しているんですけど、どこにも見当たらなくて」

「模試結果? だったら、Over there

「え?」

「ほら、Over there. On the desk under the clock.

言った自分自身が、誰よりも驚いていた。そう、私は今、模試結果の場所を指さしながら、英語で説明したのである。それも無意識に、だ。

一方、砂ちゃんは首を傾げつつ、私が指さした方向に向かった。

「いい感じじゃないですか、若松さん」

「え? ・・・何がですか?」

「ほら、英会話ですよ。確か『over ther』の意味は、『あそこに』でしたよね? それと、そのあとも場所の説明が英語でできていましたし。どうやら2回目にして、もう英会話研修の成果が出始めているんじゃないですか?」

少し満足げな笠原さんに対し、

「あ・・・いえ、それは絶対に違うと思います」

「え?」

「だってそんなフレーズ、研修では一つも練習しませんでしたから。昨日はほとんど、自己紹介で終わりましたし」

「え? ・・・では、今どうして?」

「それは昨日、研修の後、」

と、そこまで言いかけて、思わず私は自分の口を塞いだ。そうだった、昨日は仮病で早退したんだった。自宅に帰っていないと、辻褄が合わない。加えて、あの話は笠原さんには絶対にタブーだ。

「研修の後、どうされたんですか?」

「いや、あの、その・・・ちょっと一人で口頭練習をしまして・・・ベッドの中で」

「口頭練習?」

「あ・・・はい、その・・・英会話って、『声に出す練習』ですから」

「はあ?」

「あ、いえ・・・その、何でもないです」

何とか私は、笑って誤魔化した。そしてそのタイミングで砂ちゃんが、模試結果を手に戻ってきた。よかった、場所がちゃんと英語で説明できたようだ。

そして、だ。この日は私にとって、本当に本当に『不思議な一日』となった。そう、ふとした時に、英語が口から飛び出るのだった。きっと私は、今日という一日を、生涯忘れないと思う。

「ええっと・・・Where is my highlighter?」

「え?」

私の独り言に、隣の砂ちゃんが反応した。

「I wonder where it went…あ、そっか。四葉に貸して、そのまま持って帰っちゃったのか。ねえ、砂ちゃん。Can I borrow your highlighter?」

「はあ?」

砂ちゃんは眉間に皺を寄せながら、

「じ、自分・・・タバコ、吸わないッスよ。っていうか、若松さんって、タバコを吸う人だったんスか。なんか・・・全然、似合わないッス」

「え・・・あ、ゴメン、蛍光ペンのことね。タバコの『ハイライト』じゃなくて」

「え?『highlighter』って言うんスか? 蛍光ペンって」

「そう。ほら、『今日のハイライト』とかニュースで言うでしょ?  つまり、目立たせるのが『ハイライト』の意味で、そこからハイライトするもの、つまり『ハイライター』は蛍光ペンになるの」

「・・・へー。知らなかったッス。で、何色がいいスか?」

「Blue or yellowで」

「はい?」

「あ、ゴメン。青色か黄色で」

「・・・」

眉間に思いっきり皺を寄せながら、砂ちゃんは私に蛍光ペンを差し出した。

「Thanks.」

「・・・」

そして私は蛍光ペンを使い終わった後、砂ちゃんに「Thank you for lending me your pen. Here you go.」と言って返した。

「さて、と・・・I will go to the bathroom.」

そう言って、私が席を立とうとした瞬間だった。

「おかしいッス!」

と、砂ちゃんがバンと机を叩いた。

「え? ど・・・どうしたの、砂ちゃん」

「どうしたもこうしたもないッスよ。若松さん、今日変ッスよ。朝からずっと、英語が口から出まくりじゃないッスか?」

「え・・・いや、出まくりってほどでもないでしょ? ちょっとだけ、じゃない?」

「で、でも・・・そんなこと、今までなかったじゃないッスか。すごいッスね、社内の英語研修って。そうやって、どんどん英語が出てくるようになるんスか? いいなあ、自分も受けたくなってきました。どんなネイティブ講師が指導しているんスか?」

目を輝かせて聞いてきた砂ちゃんだったが、

「いや・・・その・・・日本人なの、講師」

「はあ?」

私はキョロキョロと周りを見渡した。よし、笠原さんはいない。

ー「結局、言葉にするのは、まずは自分のことですからね」

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(次回「8、私たちの日常に続く)

「英語」という「教科」を、「言葉」に変える


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