英語を日本語に切り替えず、英語のまま理解する
「話せる」に向けた英語の学び方

コロナウイルスを前に、英語をどう学んでいくのか

久しぶりに記事を書きました。

大きく変わる「英会話」業界

さて、今回のコロナ騒ぎ、とても大変です。東京都は閑散としており、平日なのにデパートを含め、色々な商業施設が閉まっているのは、恐怖でしかありません。

思うのですが、怖いものは、いつだって「目に見えないもの」です。

目に見えるものは分かっているのですが、見えないものは対処しようもない。もしかして自分も感染していると思うと、怖くて仕方がない。

こうなると、怖くて人にも会えません。大事な人であれば、尚更です。

さて、そうなってくると、一番被害を受けるのは、「人と話すお仕事」です。つまり、英会話スクールが大打撃を受けてしまう。

結局英会話を含め、教育系は全て自宅でも受講ができる、「オンラインレッスン」に切り替えざるを得ないでしょう。

ただ、そうなれば、「既存のオンラインスクール」と肩を並べることになってしまいます。

もちろん、そちらの方が「専門」です。専用のシステムを用意していたり、教材があったり、講師も慣れています。もちろん、ラインナップ層も充実しています。24時間対応しているところも沢山あります。

そして、何よりも価格が安い。

どう考えても、太刀打ちできないでしょう。スクールの家賃と人件費が段々払えなくなっていきます。

本来、スクールのいいところは、実際に生の人間と話せる、スタッフからの手厚いサポートなど、人間味が溢れるところなはずです。それが逆にデメリットになってしまうのは、恐ろしいことです。

そして、一旦オンラインレッスンに流れれば、そこに「道」ができてしまいます。

今まで、「英会話は英会話スクールに行くものだ」となっていたものが、国家レベルで「英会話はオンラインレッスンを取るものだ」になると、もう巻き返せません。コロナ騒ぎが収まった時には、対面のスクールはもう焼け野原になっている可能性があります。

そして、何よりも、です。

今後、留学も厳しくなってくるはずです。もちろん、向こうからも来なくなるでしょう。

そもそも、国同士の行き来がガクンと減ります。観光客だって減り続けます。何より「世界的大不況」で、旅行すら難しくなるでしょう。

さて、そうなった場合、それでも私たちには英語が必要なのでしょうか。

そう、英会話スクール云々ではなく、今後、「英語を学ぶ必要性」自体、変わっていのではないか、と思うのです。

今一度ここで、学習を継続する前に、「英語を学ぶ必要性」をもう一度、考えた方がいいかもしれません。学ぶ目的を「整理」しないと。

このまま英語を学んでいてもいいのだろうか

「もしなる」の話にもあったように、今年度は開催予定だった「東京オリンピック」を見据えて、英語教育にも多くの変更があります。

今後、オリンピックを契機に、日本に来る外国人の数はどんどん増えてきます。世界もグローバル化し、英語がどんどん公用語になっていきます。

日本はもちろん、世界もそう動くはずでした。

しかし、今回の件で、未来予想図は呆気なく変わりました。

そして、この騒ぎが終息すれば、「憎しみ」や「差別」が世界を覆うでしょう。アジア人だからと言って、迫害を受けるかもしれません。

また、中国への出入りも厳しいものになるはずです。恐らく中国語を習っている方の心中は穏やかではないでしょう。果たして、習っている中国語を今後、どこでどうやって使っていくのか。

そう、英語に限らず、語学を学んでいる方たちに取って、今後どうモチベーションを保っていけばいいのか、分からなくなってきているはずです。

今後、本当に英語のスコアは必要なのでしょうか。そして「ネイティブがよく使うカジュアルフレーズ」やスラングも、果たして使う機会が来るのでしょうか。

もう今までとは、同じ気持ちでは学べません。

本来ですが、「将来、英語を使って世界に出る」という夢があって、初めて身が入るものです。

これが断たれてしまうと、英語学習が宙に浮かぶのは当然です。

さて、そんな折です。私のSkypeに「一通のメッセージ」が届きました。

それはかつて、私がよくお世話になったネイティブ講師でした。ただ、仕事の都合上、講師を辞め、今はカリフォルニアに住んでいる方です。

以前、辞めた後、何度か連絡を取っていたのですが、最近はお互い忙しく、ずっと不通になっていたのです。

どんなメッセージだったか。

それは、「How are you? Hope you are well and healthy! Especially with COVD-19 pandemic. Please take care of yourself.」でした。

暗くなっていた気持ちが、パッと明るくなりました。

「原点回帰」になっていくのではないか

本来、言葉は「資格試験や受験」のために生まれたわけでは、もちろんありませんでした。

誰が、何が、誰に、何を、どうした、どうだ、いつ、どこで、どうして、どうだ。

こうした「色々な状況」を説明するために、口から音を出し、相手はそれを聞く。こうした「共通の音」を同一コミュニティの中で育み、社会が形成されていったはずです。

誰が聞いても、同じことを思い浮かべられる。これが言葉の役割です。学校でやってきた文法の勉強は、全部これです。

私はその講師に、英語で色んな説明をしました。今の日本の現状、自分の状況、今後のこと。そして、向こうのカリフォルニアの現状を聞きました。

お互いの状況が、英語を通して分かり合えました。彼女は全く日本語が話せません。

そして、その時強く思ったのですが、結局ですが、英語はここに帰ってくるのではないのかな、と。

そう、「話す」に、セッティングする時代が来た気がするのです。なぜなら、それが「言葉の基本」だからです。

スコアがあろうが、やはり口で説明できなければ、何の意味もないでしょう。

お互いの状況を、共通の言葉を使って、伝え合う。繋がる。分かり合う。

今後世界を覆う「憎しみ」や「差別」は、言葉を使って、解消していくしか、道はないと思います。

そして、今後ですが、恐らく英語は「オンライン上」でどんどん使われる時代になっていくはずです。

つまり、「1:1」で長時間話せなければ、何の意味もありません。SkypeやZoomを前に、「スコアだけ高い」は何の価値もない。人はスコアで分かり合えるわけではない。

そのため、ひとまず当面はここを、「英語のゴール設定」にしておいてもいいと思うのです。

どこまで、これに慣れておけるか。準備できているか。練習してきたか。抵抗を失くして、自分の日常に落とし込めておけるか。それも、社会に出る前の学生時代のうちに。

私は学校が止まっている今こそ、もう一度「英語教育」を考える、いいチャンスだと思うのです。

本当に試験のためでいいのか、それとも子供のうちから声を出して、「言葉」として育んでおくか。

特にお子さんが幼い場合、大事なのは「親の育て方」になると思います。

もう、「塾に預け、受験英語をさせ、英語を話せるようになるために後で留学する」時代は、一旦終わりを告げたと言ってもいいでしょう。

そう、時代は「親が家庭で英語を教え、そして自らも英語を学び、口にしていく」に変わったと思うのです。

そして周りを見ればもう、実践している保護者の方が沢山いらっしゃいます。

そう、もうこの年頃で、英語を口にしているのです。

それも毎日、毎日、少しずつ、少しずつ、です。着実に「話者」への道を歩いています。ネイティブ講師がいなくても、です。親が「話者」に育てている。

もちろん、全員がその対象になるわけではないでしょうが、少なくとも「子供が将来、英語を話せるようになって欲しい」と切に思われるのであれば、もうそれしかないと思います。そう、家庭での「英語育児」です。

子供を外部に預ける、というのができなくなってしまった時代です。英語の練習場はスクールから「家庭」に移していかないといけません。

そして、今回の件で、リモートワークも増えてきました。いい機会だと捉えましょう。よかったら、少しずつ英語に関わっていくのはいかがでしょうか。

親も子供と一緒に、声を出して、英語を育んていく。

子供が今の大人のようにならないように。幼い頃から、「話せるようになる道」をつけておきませんか。

受験の後からスクールを探したりするのは今の時代、あまりにも遅いです。

そして、そんな折ですが、また違うネイティブから、私宛てにメッセージが届きました。

それは昔、私とお付き合いしていた方です。日本語も少し、できます。

どんなメッセージだったか。

「I hope you’re well.The world has gone crazy now, hasn’t it…気をつけてね」

私は世界がもしももう一度繋がれるとしたら、やはりそれは「言葉」だと思うのです。

日本人が学んできた「英語」とは何だったのか?


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